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兄弟フラストレーション-3

兄の問いかけに答えることができない広海は必死で顔を隠して沈黙を続ける。 そんな弟をじっと見つめる岳之。 微かに震えている肩に大きな手を伸ばそうとした、その時。 再び携帯が鳴った。 電話の着信だった。 妙に明るい甲高い音色が静かな車内に鳴り響いた。 うるさい。 どうして今鳴るの。 兄さん、明後日、帰るのに。 また、すぐ、おれのそばからいなくなるのに。 たった短い、このひと時くらい、おれから兄さんを奪わないで……。 「彼女だよね。一昨日もかけてきた」 「彼女じゃない。相談に乗ってるだけだ」 鳴り続ける着信音に苛立ちが募った広海は岳之を睨みつけた。 「うるさいんだって。どうせその内付き合うくせに。どうでもいいくせに」 真顔で自分を見つめていた岳之と目が合って、広海は、情けなく溢れてくる涙を止められなくなった。 「おれのことなんかどうでもいいくせに」 まだ鳴っている携帯。 横を過ぎって遠ざかっていくトラックの走行音。 フロントライトに照らされた車内にまた薄闇が戻った。 岳之は涙しながら睨んでくる広海を抱きしめた。 ノックをしても返事がないのでドアを開けてみればデスクで眠っている広海の姿があった。 起こさないよう静かに歩み寄って、冷房が点けられた室内、風邪を引かないようベッド上にあったタオルケットを華奢な肩にそっと。 「……にいさん……」 起こしてしまったかと思った。 だが弟は眠っていた。 いじらしかった昔と変わった広海。 綺麗になった。 男なのにそんな言葉がしっくりあてはまる成長ぶりに再会する度に目を惹きつけられた。 弟なのに。 弟だからだろうか? いつの間にか誰よりも一番に守ってやりたいと思うようになった。 鳴り止んだ携帯。 急に車内に満ちた静寂は岳之の言葉によって破られた。 「何か悩みがあるなら言え、広海、俺にできることならなんでもする」 頑丈な腕の中で身じろぎ一つした広海はゆっくりと兄を見上げた。 「……なんでもするの」 「お前のためならなんだってする」 真っ直ぐ自分を見下ろしている岳之に殺気立っていた視線をふわりと緩めて、弟は……。 宵闇に高く高く伸びた竹の先にか細い月が引っ掛かっていた。 「晩ごはん、またビールばっかりとかじゃない……?」 竹林に接する舗装されていない道路にポツンと佇む常夜灯。 「ちゃんとごはん食べてる……?」 チカチカと点灯する光が車内をぼんやり照らし出す。 バックシートに仰向けになった岳之。 兄に跨る弟。 制服下を脱ぎ捨てて濃紺のネクタイを少しだけ緩めた広海。 兄の熱源を根元近くまで招いた弟の後孔。 理性を溶かすような熱さに切ないくらい締めつけられる。 「広海……」 まさかこんなことを願われるなんて思ってもみなかった。 『ストレスが溜まって、欲求不満だから、兄さんが助けてくれる?』 天井に頭をぶつけないよう姿勢を低くした弟。 一定のリズムを刻んで揺らめく腰。 うっすら開かれた唇から零れる吐息。 「はぁ……っ」 「広海……経験、あるのか?」 「っ……あるけど」 相手は上級生で運動部のエースだった、卒業してからは一度も会っていないけれど。 笑顔が兄さんに似ていた。 「もう自然消滅した……ン……」 兄さん、好きだよ。 誰よりも好きだよ。 「あ……あ……っン……ん」 「広海」 「ごめ、っ……おれ、もうっ……っお兄ちゃ……っ」 涙に満ちた双眸で一心に見つめられて、上擦った声で呼号されて、岳之は心臓の裏側がぞくりと戦慄するのを感じた。 自分に跨る広海の太腿を両手でぐっと掴む。 加減を忘れて……突き上げる。 「やっっっ」 目尻に溜まっていた涙を散らして広海は短い悲鳴を上げた。 「動いちゃだめっ……お兄ちゃんっ、待っ、あっ、あっ、ンっ……やだ、動かないでっ、そんな動かないで……っ!」 守りたいと思っておきながらこんな泣き顔をさせて。 嫌がっているのに止められなくて。 初めての角度から見上げる弟から目が離せない。 「あっっっ」 崩れ落ちてきた広海に思いきりしがみつかれて、岳之は、その癖のない髪に鼻先を沈めた。 「広海……っ」 「ッッ……やぁぁっっ……!」 点滅する覚束ない明かりの中で、兄弟ともに、誰にも知られてはいけない密室の絶頂を共有した。 「最近はちゃんと食べてるぞ」 汚れた服は水遊びしてびしょ濡れになったことにして一纏めにし、二枚着ていた半袖シャツの一枚を広海に着せた岳之は家までもう少しという地点で唐突に回答した。 上半身裸で平然と運転している兄から弟は顔を逸らしていたが。 堪えきれなくなってとうとう噴き出した。 「なんだ、そんなにおかしいか?」 「……変質者みたい」 「ああ、だからか、やたら人と目が合うの」 いつも通りの岳之にいつも通り素っ気なく振る舞えずに広海は笑ってしまう。 『放置されると寂しいぞ』 『え……?』 『お前に冷たくされるのが一番応える』 好きだよ、兄さん。 おれの本当の気持ちを知らない、そのままの兄さんでいてね。 end

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