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おとうさんと(永遠に)いっしょ-3
太陽を閉ざした空。
吹き抜ける冷たい風。
喪服。火葬場。骨。骨。骨。
大きいから入らないと砕かれる骨。
乾いた音を立てて破片が散らばる。
眞一は虚ろな眼差しで愛したものが砕かれるのを眺めていた。
「父さん」
背後に立つ脩に肩を支えられる。
ああ、脩。
お前がいてくれてよかった。
独りじゃなくてよかった……。
初七日の夜、親戚達を見送り、着替えのため部屋に戻ろうとした脩を眞一は呼び止めた。
「なぁ、脩」
制服を早く脱いでしまいたかった脩は足を止め、カッターシャツに黒いセーターを着た眞一を顧みる。
仕出屋に頼んだ料理や食器でまだ雑然と散らかる和室には線香の匂いが立ち込めていた。
仏壇に飾られた遺影だけが家族だった二人を見つめている。
「何? 着替えてから、片付け、ちゃんとするよ?」
「……お前にだけは話しておこうと思って」
階段へと向かいかけていた脩は、体ごと眞一の方を向き、真っ直ぐな視線を連ねて父親の言葉を待った。
ああ、大きくなったな、この子は。
腕の中で泣いたあの日がまだ昨日のことのように思えるのに。
いつの間に自分の背を追い越し、連れてきた彼女を快く迎えてくれ、その彼女が亡くなった今、心身共に支えてくれて。
少年というより、もう、立派な男だ。
脩なら真実を話してもきっと……。
「……彼女のことなんだが……」
そう切り出した眞一自身が、台詞を続けられずに、つい口元を押さえた。
涙は出なかったが込み上げてくる嗚咽に頻りに喉が鳴る。
充血した双眸を畳に向けて眞一はしばし呼吸を押し殺した。
「……父さん、無理しないで。片付けは僕がするから。早めに休みなよ。明日も仕事あるんだから」
「いや、大丈夫だ、ありがとう、脩」
すぐ正面にやってきた脩に肩を抱かれかけ、眞一は口元から手を離し、首を左右に振る。
「脩、あのな……」
彼女は妊娠していた。
お腹に子供がいたんだ。
「え?」
脩は驚いた。
当然だ、初めて知ることなのだから。
葬儀でも告げていない、誰にも知れていない、夫婦二人だけが知っていたことなのだから。
「どうしようか迷った。あの日、あの事故の日、本当は夜、家で伝えるつもりで……だけど……こんな今、お前に伝えていいのか、わからなかった、迷った、だけどやっぱり、なぁ、脩、脩……」
脩の頬を一筋の涙が伝い落ちた。
ああ、我が子がまた泣いている。
眞一は真正面にいた脩の頭を思わず抱き寄せた。
そっと、足音を忍ばせて、脩は自分の部屋に戻った。
音を立てないようドアを閉じて布団が捲れていたベッドに腰掛ける。
外では雨音がうるさい。
だが、先程まで脩を脅かしていた不安は薄れ、代わりに、仄かな熱が胸の内に訪れていた。
それは脩の体の方にも言えた。
ぎこちない手つきで股間に触れてみれば初めての感触が広がる。
ゆっくり撫で擦ってみると熱は増し、硬さでもって脩の掌に応えてくる。
気持ちいい。
脩は夢中になった。
微かな声を苦しげに洩らしていた背中を思い出し、その表情はどんなものだったのだろうと想像し、その下半身を弄る手はどんな柔らかさだろうと想像し、うっとりと続けた。
その手にこれを触れられたらと想像した瞬間。
脩は精通を迎えた。
「……よかった……」
脩はそう呟いて眞一を抱き返した。
「よかった……よかったぁ……本当に……」
しなやかな両腕でいとおしい背中をきつく締めつけ、首筋に何度も頬擦りし、途切れない涙を零し続ける。
「神様っているんだね」
「……」
「願い事、叶えてくれた……よかった……」
脩が繰り返す「よかった」の意味を眞一は全く理解できなかった。
神様。
願い事。
何を言ってるんだ、脩?
「脩、お前……」
「僕、ずっと神様に願い事してたんだよ」
「え?」
「僕の、僕だけのお父さんに戻してくださいって」
「脩」
「そしたら、本当に、そうなった」
「脩」
「お父さんをとられるなんて、すごく、嫌だったんだよ」
脩の腕の中で眞一は身を捩った。
両腕による束縛は微塵も揺るがない。
窒息するような強さで加減なしに心臓まで締めつける。
まるで蛇が獲物を捕らえて丸呑みにするような。
「またお父さんと二人になれる」
畳の上に押し倒される。
昨日、日向に干したばかりの座布団が眞一の背中を受け止める。
「お父さんと向かい合ってご飯が食べれる」
「脩……」
「体育館に先生が来た時、僕、死ぬかと思ったよ、だってお父さんに何かあったのかと思って、すごく、すごくびっくりしたんだよ、でも、勘違いだってわかって、思わず笑っちゃって、先生、全然気づかなくて、それが益々笑えて、友達みんな心配してくれて、もう、爆笑するの堪えるのに必死で、お父さん、嬉しいよ、僕、お父さん、お父さん」
脩は話をしながら眞一に口づけていた。
完全に塞いで呼吸を止めると口腔に舌を這わせてくる。
半ば放心状態に追いやられていた眞一はそれでも我が子を止めようとした。
両手首はいつの間にか畳の上に縫い止められ、骨を折るのを目的とするような力が込められていて、微塵も動かせなかった。
「やめなさい、脩」
「やめない」
今までずっと、ずうぅぅぅっと、我慢してたんだよ。
「我慢って……」
僕、ずっと、お父さんとセックスしたかったんだよ。
色硝子はひび割れた。
それでも綺麗な色を失わずに鋭い破片で切り裂き抉った。
最愛なる父親の心を。
真上で息を切らして動く脩を眞一は見上げていた。
「お父さん……」
眉根を寄せながらも至上の幸福に満たされた脩は汗を滴らせて微笑む。
これは、たった一人の息子。
唯一の家族。
自分に残された一つの絆……。
「……脩」
眞一は腕を伸ばして我が子を抱き締めた。
哀れで、いとおしく、かけがえのない子。
お前が狂うのなら自分も共に。
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