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姉婿エクスタシィ-7
亮輔のときめきをまるで裏切るように。
「あれ?」
一人淋しく入浴を終えて部屋に戻れば返答無し、施錠されたドア。
この旅館はオートロックではない。
首を傾げ、隣室のドアを開けてみれば、障子の向こうで両親と談笑している由紀也さんがいた。
夕食は部屋食だった。
隣室に四人分運んでもらい、義父にお酌したり義母のおしゃべり相手になったりと、由紀也さんは亮輔の両親の相手をしっぱなしで。
亮輔は放置された。
無視されたわけではなく、普通に会話くらいはしたが、あまり構ってもらえなかった。
「本当に素敵な旅館ですね」
そっか。
まぁ当たり前か。
義理の弟より義理の両親に気を遣う、それが普通だろう。
普段から特に用もないのに家に来てのんびりしてるけど、さすがに旅行のときはコッチの親のこと考えてちゃんとしてるっていうか。
「料理もとても美味しかったです」
……由紀也さん、浴衣似合うな。
デザートを食べながら亮輔がちらちら見ていたら、ふと、由紀也さんと視線が重なった。
すると。
由紀也さんはすぐに視線を逸らして「お土産、何を買ったら喜んでくれるでしょうか」とにこやかな笑顔を母親の方へ向けた。
あ。
なんか俺。馬鹿みたい。
一人で浮かれて勝手にどきどきして。
所詮つまみ食い程度の義弟止まりってことだよな。
「もう寝る」
「え? まだ九時前よ、亮輔?」
「おやすみー」
やっぱ温泉旅行なんか来なきゃよかった。
九時前、すでに畳上に用意されていた布団に入って不貞寝した亮輔だが。
心安らかに眠りにつく、なんてできるわけもなく。
むしろ湧き上がってくる遣りきれなさで目が冴えて眠りは遠退く一方。
特に目的のない携帯いじりにも嫌気が差して頑なに目を閉じて固まっていたら。
「……亮輔くん?」
間接照明だけを灯した部屋に由紀也さんが戻ってきた。
返事もせずにじっとしている義弟にそれ以上声をかけようとせず、歯磨きをし、携帯のアラームを設定して自分も床についた姉婿。
微かに聞こえてくる川のせせらぎ、虫の鳴き声。
自宅で過ごす夜より音が多い。
虫、うるさい、昔もこんなにうるさかったかな。
ぜんっぜん寝れない。
どんどん五感が冴えてくるっていうか。
そうだ、もう一回お風呂入ってこようかな、ここで由紀也さんを隣にして悶々と過ごすよりマシかも、
「ッ……」
布団の中で亮輔は目を見開いた。
おもむろに奏でられた衣擦れの音色に、その気配。
「ゆ、由紀也さん……?」
自分の布団の中に由紀也さんが潜り込んできた。
「あったかいですね、こちらのお布団」
背中にそっと抱きついて義弟のうなじに頬擦りする姉婿。
深呼吸して肌に残る湯の薫りを堪能する。
「いいにおい」
次に唇を緩々と押し当て、ツゥゥ……と首筋を舐め上げる。
「わ」
「ン……お湯の味がしますね」
「由紀也さん……なんで……」
「何ですか? 亮輔くん?」
横向きに寝ていた亮輔は背中に密着する由紀也さんを肩越しにぎこちなく窺った。
「……なんでいっしょにお風呂入ってくんなかったの……」
拗ねたような幼い物言いに由紀也さんの胸底はきゅぅぅぅぅッと締めつけられた。
一目見た瞬間に恋に落ちて、以来、ずっと焦がれ続けている彼にそれは嬉しそうに微笑みかけた。
「本当は入りたかったんですよ、私も」
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