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姉婿エクスタシィ-9
階下から話し声が聞こえてくる。
「お邪魔します。これ、実家から届いた蜜柑です」
由紀也さん……?
やばいな。
そろそろ起きないと。
バイトが。
でも、後、ちょっとだけ……。
よく晴れた日曜日のお昼だった。
昨日、大学三年生の亮輔は仲のいいサークル仲間と夜遅くまで居酒屋で飲んで、覚束ない足取りで帰宅すると風呂にも入らずそのままベッドに潜り込んだ。
ぐっすり熟睡して目覚めれば昼シフトのバイト時間が迫っていた。
風呂に入って準備をしなければ、しかしあったかいお布団から出るのは至難の業で、ぬくぬく感をしぶとく満喫していたら姉婿の由紀也さんがやってきたわけだ。
「亮輔くんは?」
「それがね、あの子まだ寝てるの。今日って確かバイトの日じゃなかったかしら。全くもう、姉弟揃ってズボラなんだから」
ひど、お母さん。
「私が起こしに行きましょうか」
え。
「そんな、いいわよ由紀也さん、姉弟揃って面倒見てもらうなんて申し訳ないわぁ」
「大袈裟です、お義母さん」
横向きになってクッションを抱きしめ、耳を澄ませていたら、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
ちなみにパジャマに着替えず外着のまま寝ていた亮輔、ジーパンのホックは外れてファスナー全開、トレーナーは煙草・酒くさく髪はボサボサという有り様だった。
しかも朝勃ち……していた。
優しい由紀也さんでもさすがに呆れるかもしれない。
単調な足音に促されて起き上がろうとした亮輔だったが。
ふと他愛もない悪戯心が芽生えて、また、布団の中に潜り込んだ。
寝たフリして由紀也さんのことビックリさせちゃおう。
「亮輔くん、開けますよ?」
コン、コン、ゆっくり二回ノックされて開かれたドア。
真昼ながら遮光カーテンで日差しが遮断されて薄暗い部屋に由紀也さんは目を見張らせた。
商工会に勤務する、大人しそうな綺麗なアラサー男子。
休日で天然茶髪は手つかず、訪問したばかりでピーコートを羽織ったまま、やたらすべすべした頬は木枯らしに散々からかわれてうっすら上気している。
長い睫毛が繊細な影を落とす穏やかな眼差しにほんのり苦笑が混じった。
「今日はバイトの日じゃないんですか? 時間、大丈夫?」
目覚めに丁度いい優しい声色。
いや、むしろ眠気を加速させる聞き心地のいい調べのような。
由紀也さんは雑然とした部屋を静々と進んでベッドの傍らに立った。
狸寝入りしている亮輔は片腕を顔の前に翳し、にやけそうになる口元をさり気なく隠している。
快晴ながらも風の冷たい外からは鳥の囀りがしていた。
「亮輔くん」
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