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ガラスの中に住まう鳥/兄×弟/微ファンタジー
兄さんは瓶の中で小鳥を飼っていた。
雀を真っ白にしたような姿かたちで、文鳥やインコとは違うようで、よく、小さな声で囀っていた。
どうして瓶の中で飼っているのだろう?
どうやってこの中に入れたのだろう?
僕は不思議でならなかったが、瓶の中にいる小鳥がそれは可愛らしく、小鳥自身、その居場所に満足しているようなので、瓶から出そうと思ったことはなかった。
小鳥は兄さんや僕を見る度に小さな声で囀る。
兄さんが指先で瓶をこんこん叩くと、内側から嘴でこつこつ返事をした。
小鳥は餌を食べない。
だから瓶の中は綺麗なままだ。
木造アパートの窓枠に置いてみれば、淡く輝いて、畳の上にうっすらと青く色づいた日影を伸ばす。
小鳥は日向ぼっこをさせてもらって気持ちよさそうに目を瞑っていた。
窓枠に頬杖を突いた兄さんは瓶の中の小鳥を安らかな眼差しで見守り、僕は見慣れた光景を隣にして宿題をする。
僕に両親はいない。
父親の顔は知らないし、母親の顔も、あまり覚えていない。
僕を育ててくれたのは年の離れた兄さんだ。
朝は新聞配達、昼は食品工場で働いていた。
ご近所さんからも職場の人達からも好かれる優しくて真面目な兄さん。
兄さんは僕の誇りだった。
僕は兄さんが大好きだった。
中学校へ入学した僕に、兄さんは、それまで黙っていた一つの話を打ち明けてくれた。
「お前にはもう一人兄さんがいたんだ」
兄さんより年上だった、兄さんの、兄さん。
僕が生まれるよりも前に死んでしまったという。
初めて見た兄さんの涙につられて僕も泣いた。
僕達の泣き声につられたのか瓶の中の小鳥も鳴いていた。
僕は高校へ入学した。
中学卒業と同時に働こうと思っていたのだが、兄さんや親切な人達に後押しされ、進学を決意した。
「お隣の繭子ちゃんが言っていたぞ、お前は勉強を教えてくれるのがとても上手だって」
八百屋の茂蔵おじさんも、釣銭の計算がオレより早いって、褒めていたぞ。
タバコ屋の富江ばあちゃんは、重たい荷物を運んでくれたって。
一つ一つのさり気ない優しさがみんなに記憶されているお前は自慢の弟だよ。
そう言った次の日、兄さんは、車に撥ねられて死んでしまった。
僕は親切な人達に支えられて大好きだった兄さんを見送った。
そして不思議なことが起こった。
泣き腫らした目で僕は瓶の中をじっと見つめる。
白い小鳥は首を傾げるようにして僕を見つめ返してくる。
二羽になった小鳥。
横に並んで、小さく囀って、僕に話しかけている。
ああ、そういうことだったんだね、兄さん。
おわり
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