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エクストリーム系家族-3
どうして父親と長男が次男の居所を知れたのかというと。
位置情報を追跡できるGPSアプリをスマホにこっそり仕込んでいたから、だ。
「でも近くまで迎えに行っている途中でよかったね、皐さん」
「そうですね。レイジ君の帰りを明日まで我慢していたらと思うと、ぞっとします」
我が家なるマンション最上階へ次男を速やかに連れ帰った二人。
「う……畜生……」
ゆったりしたL字のカウチソファへ一先ず横たえれば、ほんの束の間意識を失っていたレイジは横向きに蹲った。
だせぇな。
向こうが撒いた罠にまんまと引っ掛かった。
「クソ……」
しかしながらこの時のレイジはまだ知らなかった。
さらなるクソみたいな出来事が自分の身に降りかかることを。
「レイジ君、ケガの様子を見せて、」
「さわんじゃねぇ」
「レイジ、痛いところない? お腹は大丈夫?」
「うるせぇ、俺に話しかけんじゃねぇ」
ところどころ土くれで汚れた制服姿のままソファに埋まる次男に、父親と長男は見目麗しい顔を見合わせた。
「俺、高校卒業したら、ここ出てく」
つい数分前、冷ややかな狂気を惜し気もなく放っていた二人の目が俄かに揺らいだ。
「バイトして、金貯めて、アパート借りて、なんか本職見つけて、生活すっから」
レイジはつけたままの黒マスク下で自分の決意を告げた。
「駄目だよ」
「駄目です」
父親と長男に揃ってバッサリ断られると、ギリギリ歯軋りし、飛び起きた。
「二人が何て言おうと出てってやる、こんな家いたら頭おかしくなんだよ」
「わがまま言ったら駄目だよ、レイジ」
「どっちがワガママだ、人の自立の邪魔すんじゃねぇ」
「レイジ君がこの家を出ていくなんて、私は許しません、この三日間でも気が狂いそうだったのに、おかげで午後の組織切り出しを間違えそうになりました」
「知るか、皐の集中力の問題じゃねぇか」
「ちゃんと傷を見せてください」
瞬発力に優れていながら父親の行為をかわせなかった。
食事と睡眠以外はほぼつけっぱなしにしている黒マスクをずり下ろされた。
「ッ……クソ」
コンプレックスを抱いている唇を曝されてレイジは憎まれ口を叩く。
色味が強めの、ひどく滑らかな、果実じみた唇。
小学生の頃に「リップクリームぬってるの?」と、ことあるごとに同級生に聞かれ、嫌気が差し、花粉症でも風邪でもないのにマスクを着用するようになった。
「切れていますね」
静々と顎を持ち上げられ、左右からチェックされて、口角が傷ついているレイジは面白くなさそうに眉根を寄せた。
「不意討ち喰らわされたんだよ、正々堂々メンチ切ってりゃあ、あんな雑魚共……」
冷たい蝋色の指先が頬のラインをゆっくりなぞる。
黒縁眼鏡のレンズ越しに、長ったらしい上睫毛に縁取られた、淡く濡れた黒曜石色の双眸に真摯に見つめられる。
おもむろに口腔に親指が滑り込んできた。
血の味がする唾液に爪の先を浸し、父親は診察するように緩やかに次男の唇の内側を探った。
「う」
間もなくして唾液の糸を引いて皐の指は離れていき、レイジは苦々しい顔になった。
「深い傷はないようですね」
「拭けよ」
「うん?」
「指。きたねぇ」
ロングジャケットを脱ぎ、タートルネックに細身のブラックボトムスを履いていた皐は「ああ」と相槌を打って。
レイジの唾液に塗れていた指を長い舌で舐め上げた。
「汚くなんかありませんよ、レイジ君の体液なんですから」
こーーーーーいうところが、ガチで理解不能、ガチで一生相容れねぇ。
「きたねぇよ」
忌々しそうに吐き捨ててソファから立ち上がろうとしたレイジの上半身に黒蛇さながらに絡みついてきた両腕。
「いい匂いがする、レイジ君」
襟シャツを着た凌貴は瞬時に強張った弟の耳元で囁いた。
「エビチリと牛肉炒飯と酸辣湯の匂い」
賄いで食べた夕食を的確に言い当てられてレイジはぞっとする。
冷ややかに怜悧に整った顔立ちの父親と比べ、甘やかで、人懐っこい笑みを浮かべることもある長男。
大概、そういう笑顔のときはレイジがそばにいるか、疎ましい相手を嬉々として精神的にも肉体的にも虐げているときか。
「先輩のおうちはワンルーム、レイジはどこで眠ったの?」
「……先輩んトコいたって、なんで知ってんだ」
「まさか一緒のベッドで眠っていないよね?」
「……バカじゃねぇの、狭いし暑苦しいしだろうが、お前らじゃあるまいし」
時折、この年齢で次男に同衾をねだる父親と長男。
一つのベッドで三人で夜を共にすることもあった。
「僕も皐さんもね、怒ってるんだよ。家に帰ってこなかったかと思えば三日間も外泊なんかしたりして。電話もメールも全部無視。レイジはとてもヒドイコだね?」
やり過ぎ感が否めない家族団欒がレイジは嫌いだった、煙たがった、拒絶したかった。
しかし実の家族に小さい頃からすり込まれてきた、教え込まれてきた歪んだ愛情と教育に支配されて、ただ反抗心だけ胸に燻らせて。
父親と長男に服従した。
「お仕置きしないとね」
レイジは目を見開かせた。
「は……?」
過剰なスキンシップに徐々に爪先から痺れつつあったレイジの顎に手を添え、強引に天井を仰がせた凌貴は。
禁断の果実じみた唇を真上から貪る寸前、鮮血の色にも似た罪深い唇を歪め、囁いた。
「最後の一線を僕達に踏み越えさせたのはレイジ自身だからね」
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