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エクストリーム系家族-6

「……三狼(みつろう)……」 深夜に我が家へ帰ってきた四人目の家族の名をレイジは口にした。 末っ子の三狼は紐ブーツを履いたままリビングへ入ってきた。 レイジと同じように黒マスクをつけ、黒パーカーを羽織り、フードを目深にかぶった青少年。 白い頬に飛び散った血飛沫。 フローリングに連なる足跡にも土くれの他に血が付着していた。 「三狼、何度言ったらわかるんです、自宅には靴を脱いで上がりなさい」 「またこんな時間まで喧嘩なんかして、補導されたら僕達にまで迷惑がかかる」 次男への態度とは打って変わって末っ子に冷たく言い放つ父親と長男。 三狼は特に反応しなかった。 あられもない格好でソファに埋もれ、心配そうに自分を見つめているレイジにのみ視線を注ぎ、声をかけた。 「ぼく、レイジみたいにまた勝ったよ、えらい?」 「ッ……ああ、えらいな、三狼……でもケガしてんじゃねぇのか……?」 「えーと、これは、返り血」 「はぁ。今夜の相手は誰です。お願いですから警察機関にだけは手を出さないでくださいね」 「不潔な血は早くシャワーで洗い落として、さっさと部屋(ケージ)へ、ハウス」 いつものように末っ子に当たりの強い皐と凌貴にレイジは不服そうにしかめっ面になり、言い返そうとした。 「ぼく、いっぱい、いろんな人とけんかしたよ、レイジ」 最大のタブーが犯されかけていた状況も忘れてレイジは三狼に向き直った。 「ああ、すげぇよ、俺より強ぇよ、三狼は」 「ほんと?」 三狼がソファへ一歩踏み出す。 レイジのすぐ傍らに座っていた皐と凌貴の眉目秀麗な顔にほんの僅かな歪みが生まれた。 「三狼」 「それ以上、こっちへ来たら、お前の嫌いな罰が待ってるよ」 身長189センチ、家族の誰よりも背が高い三狼はフードを外した。 アシメントリーでマッシュな漆黒の髪がサラリと流れて片目を覆い隠す。 一流の画家が丹精込めて描いたような、端整に仕上がった目鼻立ち。 父親や長男と同じくきめ細やかな白肌に被害者の鮮血がよく映えていた。 写真立てのフレームの中で快活に笑う母親しか知らない末っ子。 怒った顔も泣き顔も知らない。 声すら聞いたこともない。 中学三年生、十五歳の末っ子は産まれたときから延々と冷たい父親と長男に向け無表情のまま呟いた。 「ぼく、お父さんやお兄ちゃんより強くなったかな」 「レイジ、ぼく、すごい?」 問いかけられたレイジはしっかり頷いた。 そこは三狼の部屋だった。 父親と長男はケージなんて呼んでいるが、もちろん檻なんてない、窓際には制服の学ランがかかっていて、長身の末っ子には少々窮屈なシングルベッド、でもちゃんとマットレスだって布団だって枕だって用意されていた。 教科書より絵本が多い本棚。 勉強机の上にはクレヨンや色鉛筆がちらばっていて、壁には色んな絵が描かれた大量の画用紙が、まるで小さなこどもが部屋の主であるかのような錯覚を受ける。 「皐と凌貴、ぶっ飛ばすなんて、俺にはできねぇよ」 背中をひどく丸めてベッドにちょこんと腰かけた三狼は、床に座り込むレイジに褒められると嬉しそうに笑った。 つい先程、無表情のまま父親と長男の首をそれぞれ縊る勢いで絞め、天井際まで持ち上げていたのが信じられない幼い笑顔だった。 「血ぃ、出てるぞ」 弟の黒マスクをずり下ろし、黒パーカーの裾で鼻血を拭いてやる兄。 「あ、痛い」 「皐も凌貴も気絶してたみたいだったけど、大丈夫かな」 「知んない」 「はは……まぁ、大丈夫か、あの二人なら」 「ぼく、レイジのため、強くなったよ」 熱がしぶとくこびりつく下肢に何とかボクサーパンツを履いてリビングから移動してきていたレイジは首を傾げた。 「へぇ? 自分のためにじゃねぇのか?」 三狼はこっくり頷いた。 「お父さんとお兄ちゃんにいじめられてるレイジ、助けようと思った」 二人に懇ろに躾けられてきた次男の吊り目が大きく見開かれた。 「レイジ、ぼくだけのものにしようって思った」 三狼の面倒をずっと見てきた二歳違いのレイジはその言葉に吹き出した。 「バカが。俺は誰のモンでもねぇ。お前だって誰のモンでもねぇだろ」 頭を撫でてくれたレイジを三狼はぎゅっと抱きしめた。 まだ血がこびりついたままの顔を兄に寄せ、頬擦りし、さらにぎゅっとした。 「レイジいなくなって、さみしかった」 「ごめんな」 「ううん、戻ってきてくれたから、今、ここにいるから、いい」 「三狼は……ほんと優しいな、そっくりだ」 本当は自分だってろくに覚えていないけれど。 「ほんと? お母さんに似てる?」 無垢なる様子で聞き返してきた三狼をレイジも抱き返し、昔と変わらず純粋な弟をあやした。 「俺の自慢の黒狼だよ」 黒髪に片目が隠れている三狼は気持ちよさそうに目を瞑った。 そのまま自分より小さな兄を軽々とベッドへ。 唯一、自分を甘やかしてくれるレイジをぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう、した。 窒息しそうだ。 でも嫌じゃない。 「弟なのに気ぃ遣わせてごめんな」 「ごめん、なんて、言わないで」 懐に顔を埋めてフンフン匂いを嗅いでいた三狼が不意に顔を上げ、レイジは思わずどきっとした。 弟ながらも、父親と長男を凌ぐ造形美に恵まれた顔を間近にすると、否応なしに胸がざわつく……。 「レイジ、ぼく……体、変……」 ……いや、本当にそれだけだろうか? 「こんなの、初めて」 「あ」 自分はともかく、大好きなレイジをいじめてきた父親と長男を叩きのめし、普段の喧嘩よりも興奮していた三狼は。 勃っていた。 体は平均以上にスクスク育っている割に、実はまだ精通も迎えていなかった末っ子の戸惑いと性的興奮がひしひしと伝わってきて、レイジは思わずゴクリと喉を鳴らす。 「三狼……」 誰よりも大切でかけがえのない三狼だから、俺は。

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