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スパイシースウィートホーム-3

本気だ、お父さん。 ガチでおれと……せっくす……するつもりだ。 「むりだって」 一楓は授業中であることを忘れて思わず一人ごちた。 教室に容易く溶け込む、外見的にも中身的にもこれといった特徴のない平凡な高校一年生。 ちなみに性的経験においては父親の奏之しか知らない……つまり童貞男子、だ。 五年前、一楓の母親が事故死した当時。 奏之の絶望ぶりはひどく痛々しくてならなかった。 雨の日に緩やかなカーブ道でスリップして電柱に激突、加害者は存在せず、やり場のない嘆きや虚無感は奏之自身にみるみる蓄積されていった。 抱えていた案件は同事務所の弁護士に任せっきりにして食事もろくにとらずに引きこもった。 小学五年生だった一楓の面倒を見るのもままならなかった。 心配した親戚一同がマンションを訪問して蔑ろにされていた家事を行い、食事の作り置きを用意してくれたり、自宅でしばらく預かろうかと言ってくれる者もいたが。 一楓自身が断った。 奏之のそばから離れようとしなかった。 大切な家族を失ったのは一楓だって同じだ。 しかし哀しみに明け暮れる奏之を目の前にして亡き母を焦がれる余裕はなく。 自分までいなくなってしまったら父親が今以上に淋しがるだろうと思って。 『お父さん、もう泣かないで』 夜な夜な寝室で泣き崩れていた奏之に寄り添い、ごはんを食べさせたり、熱いタオルで顔や体を拭いてあげたりした。 おれがお父さんを守らなきゃ。 こわれないよう、そばにいなきゃ。 『一楓』 数ヶ月ぶりに奏之に名を呼ばれて、ちゃんと顔を見てもらえて、それだけで一楓は泣きそうになった。 『一楓だけは、ずっと、僕のそばにいてくれる……?』 三十九歳だった奏之に涙しながら甘えられて一楓は「いる」と誓った。 それが。 引きこもりをやめて仕事に出、通いの家政婦を雇い、生活の基盤を取り戻して復活してくれたはいいが。 『ん……お父さん、なんでおれのベッドに入ってくるの……?』 『今日は寒いから。一緒に寝よう?』 幼いなりに色々と思うところはあったので仕方なく同衾を受け入れていたが。 『ん、んっ……なん、で……そんなトコさわるの……?』 『一楓は眠ってていいよ……?』 『や、だ……ソコ、変……やだ……』 『おやすみなさい、一楓……?』 徐々に湧いてきた疑問、普通じゃない、しかし嫌がって拒もうものなら『……ぐす』と泣き出しそうになる始末で。 『ほら、こういう風に……手を動かして……上手だね、もっと早くしてみてごらん……?』 とうとう精通まで教え込まれた。 まんまと絆された。 父親ながら時に幼子のようになる奏之のペースに完全呑まれた。 だけどほんとむり。 ガチのせっくす……とか。 おれふつうに女子に興味あるし。 パソコンでえろ動画だって……こっそり見ちゃうし。 これ以上えろいことお父さんとしたくない。 「むりだよ」 「何が無理だって?」 気が付けば授業は終わって休み時間に入っていた。 次は移動教室でクラスメートが準備している傍ら、机でぼんやりしていた一楓は声をかけてきた友達を見上げた。 「次、視聴覚室、早く、置いてくぞ」 高校で知り合った、茶金髪で目つきがちょっと悪くて、一学期限定で上級生らに目をつけられていた岡崎にせかされてテキストを取り出す。 今日もまた、アソコ、さわられるのかな。 やだな。 もうアソコいぢられたくない。 「……はぁ」 岡崎はぎょっとした。 思わず手にしていたテキストで一楓の頭を叩いた。 「えっ、なにっ?」 「えーと、虫。虫がいた」 「えっ、人の頭で潰したのっ? ひどっ」 手つかずの黒髪頭をブンブン振り回す一楓、妙に色っぽく思えたため息に動揺していた岡崎は、気のせいだと、茶金髪頭をバリバリ引っ掻き回すのだった。

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