15 / 132

兄弟フレンド-3

雅巳は高校卒業と同時に家を出た。 高校を中退していた、親しくしていた友人のツテでそういう事務所を紹介してもらい、まずは掃除や傘下にある店の下働きなどをして最初の一年を過ごした。 その一年で適性があると見込まれていわゆる舎弟というものになった。 兄貴分というものが設けられて、彼に一日中ついて回ることもあれば、売人や運び屋、なんていう肩書を背負って行動することもあった。 「兄さん」 今にも雨が降り出しそうな生温い夜。 事務所での寝泊まりや車中泊が続き、繁華街片隅にあるアパートへ久し振りに雅巳が帰宅すると、吹き曝しの通路で体育座りしている少年がいた。 「雪哉」 見るからに私学と思われる詰襟を着た雪哉は階段を上ってやってきた兄に駆け寄った。 ふらついた足元。 反射的に両腕を差し伸べれば何の抵抗もなく縋りついてきた華奢な体。 「足、痺れちゃった」 「……」 「昨日も、一昨日も来たんだよ。やっと会えた」 「お前、どうやってここがわかった」 「モロズミさんに聞いた」 諸住は高校を中退していった、一般社会の非常識が常識に値する世界に雅巳を導いた友人だった。 「おじさんもおばさんも、何も知らなかったから。兄さんが一番仲のよかった人に聞くのが一番早いと思って」 雅巳の高校時代のクラスメートに手当たり次第に接触し、諸住の情報を得て彼本人を探し出し、風俗店の裏口でタバコ片手に気だるげに笑う、ボーイの衣装がよく似合う吊り目の男から兄の居所を教えてもらった雪哉は。 「やっと会えた」 十四歳の弟に微笑みかけられて、雅巳は、その華奢な体を突き放した。 「帰れ」 兄の冷たい一言に笑顔を崩すでもなく雪哉はコクンと頷く。 「うん。兄さん、疲れてるみたい。ゆっくり休んでね」 また来るね、そう告げて雪哉は点滅する外灯の明かりが煩わしい通路を進み、階段を下り、アパートから去って行った。 真夜中が深夜に移り変わろうとしていた。 電話を何件も寄越していた伯母に返事のメールを打ちながら歩いていたら性質の悪い酔っ払いに雪哉は絡まれた。 女だろ、男の格好なんかして変態趣味か、中傷の言葉と共に体に触れてこようとした会社員らに怯えるでもなく、ただぼんやりと眺めていたら。 「触るんじゃねぇ」 不意に力強い腕に頭ごと抱き込まれた。 「殺すぞ」 片腕で懐に仕舞い込むように雪哉を抱き寄せた雅巳は、ナイフを振るうように鋭い視線を翳し、外敵を一瞬にして退けた。 両親が亡くなったとき。 雅巳は十二歳、雪哉は七歳だった。 「兄さん」 薄闇の中、雅巳が眠るソファから、ベッドで寝ていたはずの雪哉の声が、聞こえた。 「昔みたいにして?」 雅巳は自分に覆いかぶさった、サイズがまるで合わない自分のシャツを着た、世にも儚げな弟を見上げていた。 あんまりにも泣くものだから。 優しかった父と母を恋しがって淋しがるから。 雅巳は雪哉に口づけて泣き止ませた。 幼い弟にやりきれなさや苛立ちをぶつけたくて。 父と母を呼び続ける唇を噛みつくみたいにして虐げた。 「雅巳兄さん」 いつからかそれは。 ただの欲望に塗れた唇同士の交わりと化して。 大した葛藤もなしに十九歳の兄は十四歳の弟にキスをした。 そして、上下の唇ともたっぷり濡らした雪哉は陶酔しきった眼差しで雅巳にこう囁いた。 「やっぱり……先生や先輩とは違う……兄さんのキスが一番好き」 自分に覆いかぶさっていたはずの弟を下にして、雅巳は、その囁きに下半身を殺気立たせた。 「男か」 それは嫉妬なのか、ただの欲望か。 「男じゃないよ……メスだよ、兄さん……ほっとした?」 単なる家族愛か。

ともだちにシェアしよう!