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色恋本番は二十歳を過ぎてから-2
「痩せたんじゃないか、了成」
「さぁ」
「ほら、頬の肉が全くない。前はもう少し、こう、ふわっとしていた」
「ふわっと、か」
「……あ、あの~……お疲れ様、です」
よれよれトートバッグに洗濯物を詰め込んで博晶が事務所に戻ってみれば客がいた。
「こんばんは、ヒロ君」
「こ、こんばんは、久坂さん」
パリッとしたスーツを着て応接ソファそばに立ち、膝にノートパソコンを乗っけてソファに座る了成の頬を撫でていた久坂 。
裁判所に勤務する書記官B係。
了成と昔からの知り合いらしく、たまにここへやってくる。
「それどうしたの?」
「えっと仕事で」
「とうとう殴られ系? 無茶しないで体は大事にね」
戻ってきた博晶と入れ替わるようにして久坂は去っていった。
言葉を交わすでもなく淡々と別れた了成と久坂。
いわゆるツーカーな関係なのか。
「おかえり」
了成はこことは別に自分の住まいを持っている、が、職場に泊まることもしばしばだった。
今日はどっちかな。
ばんごはん食べたのかな。
……久坂さんって元彼なのかな?
「リョウさん」
「なに」
「ばんごはん食べました? 何か買ってきます?」
「さっきパン食ったからいい」
「そうですか。今日はこっちに泊まりですか?」
「どうするかな」
久坂さんって元彼なんですか?
三番目の質問は喉に突っかかって吐き出すことができなかった。
まぁ焦ることはないと、根性無しの自分にそう言い聞かせ、職場スペースの端にあるコンロで湯を沸かしてコーヒーを淹れた。
「どうも」
テーブルに了成の分を、自分は両手でカップを握りしめて彼の隣に座った。
何やらデータベースを眺めている了成の横顔をチラ、チラ、チラ見。
リョウさんは睫毛が長いなぁ。
こういう目って切れ長って言うのかなぁ。
髪、伸びたなぁ、かっこいいなぁ。
やばい、どきどきする。
あ。俺もほっぺたさわってみよっかな?
「リョウさん確かに痩せましたよね、げっそりげそげそ!」なんて言ってさわってみよっかな!?
「リョ、リョウさん、げそ」
「ゲソ食いたいのか」
「げそ、げそ」
「ほら」
頬タッチしようとしていたブルブル手に小銭を握らせた了成、ガーーーーンな博晶。
……ま、まぁいっか、いつかこれだっていうチャンスが来るはず。
そう言い聞かせて本当にコンビニまでゲソを買いに行き、同じ場所に戻り、ゲソをもぐもぐ、冷めたコーヒーで流し込んだ。
「………………」
いや、やっぱだめだろ、もういい加減同じこと繰り返すのやめない?
一体何回俺は本音を呑み込んできた?
『これで<何か>を壊しとけ』
あの日、初めてリョウさんと出会って渡されたバットで。
俺は何も壊さなかった。
壊されたのは俺だった。
出会ったばかりの俺の全てを理解してくれたリョウさんによって壊されて、そして、生まれ変わったんだ。
俺は明日で二十歳になる。
うじうじするのはもうやめだ。
「リョウさんって、久坂さんと、もしかして付き合ってたりしました?」
博晶は勇気を振り絞って問いかけた。
了成はパソコンに視線を据えたまま答えた。
「お前には関係ない、早く寝ろ、うるさい」
ショックの余り一瞬我を失った博晶。
そうして我に返れば。
「……あ、あれ……?」
ソファに了成を押し倒して真上に覆い被さっている自分がいた。
真っ黒髪を乱した了成は不機嫌そうな眼差しをしていた。
コーヒーカップとノートパソコンは足元で引っ繰り返っている始末だった。
俺はなんってことを!!!!
「ご、ごめんなさい、リョウさん」
「……」
「パソコン、は……あ、大丈夫っぽいですね」
「……」
「……ごめんなさい」
慌てて退こうとした博晶のパツキン頭に絡みついた了成の掌。
「根性無しが」
明らかに罵倒の言葉を吐き捨てた唇が博晶の唇に出会った。
あまりにも突然のキスだった。
そして、エロいキス、だった。
「んむ……っっ!」
不意打ちの初キスでただでさえ混乱していた博晶の口内が了成の唾液で濡れる。
未体験の舌刺激に「!?!?!?」な心と反対に下半身が速やかに反応を示す。
「リョ、リョウさん……っ?」
これってお仕置きなの?
踏み入っちゃいけない過去に触れられたからリョウさん怒ってるの?
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