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色恋本番は二十歳を過ぎてから-4

『ヒロ、コーヒー頼む』 掠れ気味な低音域の声は早朝だろうと深夜だろうと耳に心地よく。 『今日はもう風呂行ってきていい』 手つかずの黒髪はカットに行くのをさぼって伸び気味だ、しかし髭剃りは毎日欠かさない。 『根性無しが』 淡泊な性格だが言うときは言う。 『根性無し』 切れ長な目で、長い睫毛で、男前でありながら妙な色気がある。 『……博晶……』 「うう……っリョウさん……!!」 先日、二十歳になったばかりの博晶。 職場兼住居である事務所奥の部屋で、朝、起き抜けから一人盛って自己処理に耽っていたのだが。 「はぁはぁ……も、もう一回……しようかな」 「まだやんのか」 こっそりオカズにしていた当の雇い主がまさかドアの隙間から様子を眺めていたとは露知らず。 「きゃーーーーーー!」 乙女のような悲鳴を上げてしまった。 そこは「何でもいきいき屋」。 つまり何でも屋、場末の風俗店が軒を連ねる怪しげな裏通りに建つ街角の雑居ビル三階に事務所を構えている。 代表は壱岐了成、三十七歳、独身、元司法書士。 若くして独立して壱岐司法書士事務所を切り盛りしていた彼は、相談にやってきた自己破産希望の多重債務者が目の前で命を断とうとした一件をきっかけにして、何でも屋へと転向した。 そんな彼に恋している、きんきらパツキンの住み込み助手、博晶。 『<誰か>じゃなくて。これで<何か>を壊しとけ』 重い重い罪を犯そうとしていた十六歳の博晶に木製バットを手渡し、了成は、そう言った。 ホームセンターの片隅で了成に声をかけられた後日、博晶は木製バットと一緒にもらっていた名刺を頼りにして「何でもいきいき屋」を訪れた。 『ここで働かせてください! 何でもやります、お願いします! な、何なら住み込みで!』 木製バットで何も壊さずに、了成の言葉で自分自身が壊されて生まれ変わりを遂げた青少年は、彼の元を訪れる前に家族に土下座して学校中退、家を出ることを願い出ていた。 これまでの生活費や教育費諸々、いつか返済すると言えば「必要ない」「二十歳を迎えたら分籍届を出すように」「親子関係に変わりはないが」「戸籍上、お前の名前を見ずに済む」と回答されていた。 『いいぞ』 『えっ!』 『タダ働き、大歓迎だ』 『えっ!! えっと……その……ハイ』 そんなわけで博晶は了成の元で働くようになった。

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