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ナイショな家庭訪問-4

床に落ちて割れたグラス。 手作りのアイスティーがラグに染み込んでいく。 「まるで躾がなっていない駄犬みたいですね」 自分が担任をしている男子生徒の保護者、知永雅典(ともながまさのり)に侮蔑の込もった眼差しで睨まれて。 スマートな黒ジャージ姿の三ツ矢大貴(みつやだいき)は思わず息を呑んだ……。 今日は家庭訪問の日だった。 持ち前の能天気ぶりで特に緊張もせずにスムーズにこなしていた三ツ矢だが最後の一軒だけは違った。 こんな粗相に及ぶのは初めてのことだった。 保護者をテーブルに押し倒すなんて。 これまでの人生において恋人に手荒な真似などしたことがない、いつだってきちんとマナーとエチケットを守って健全にベッド行為に至っていた三ツ矢らしからぬオイタだった。 「発情期の発散相手にされても困ります」 本能まっしぐらなオイタに駆り立てた張本人は不愉快そうに眉を顰めていた。 クラス一の優等生、五月の父親。 妻に先立たれた公務員の彼は仕事、育児の両立を黙々とこなしてきた、現在は三十三歳、今日は時間休をとって早めに帰宅して家庭訪問に抜かりなく備えていた。 二十六歳の三ツ矢は知永のことを最初はただ純粋に尊敬していた。 『先生、さようなら、です』 ただ頭がイイだけじゃない、心根が優しくて気配りができる、それにセンスもいい。 五月君をあんなに立派に育て上げた知永さんって、すごいと、憧憬していた。 『パパ、かけっこ、四位でした』 『四位か。おめでとう。よく頑張ったね、五月』 それに、何というか、ストイックっていうんだろうか。 どことなく色気があって。 伏し目がちな会釈が脳裏に尾を引くような……。 「……三ツ矢先生、君」 テーブルに押し倒されて否応なしに重なり合っていた下半身から伝わる違和感に、知永は、眉間の皺を増やした。 「呆れますね、本当に」 「はは……そうですね、自分でも呆れ返ってます、知永さん」 知永を押し倒しただけで三ツ矢は勃起していた。 明るくて親しみやすい好青年先生、女子生徒人気ナンバーワン及び多くの母親にも好感を持たれている彼のこれみよがしな発熱に知永の眼差しはより険しくなった。 「前のお宅でもこんな失態を?」 「まさか。そんなわけありませんって」 三ツ矢は情けなく笑った。 「知永さんだから……ですよ?」 イケメンと評される整った顔立ちを惜し気もなく崩して本音を素直に吐露した。 「年下だからって子ども扱いしないでください、知永さん」 打ち明けられた知永は閉ざされたレースカーテンに視線を逸らした。 「どうせ興味本位でしかないくせに。君は白々しいな、三ツ矢先生」 自分の上からなかなか退こうとしない、大事な息子を受け持つ年下担任に吐き捨てるように提案した。 「今日だけ」 「え?」 「この煩わしい状況から一刻も早く抜け出したいので」 本能任せに押し倒したものの、やはり保護者相手に先を進めるのも憚られて、そもそも男相手に催したのも生まれて初めてで。 どうしたものかと迷って発熱を持て余していた三ツ矢は知永の次の言葉にゾクリと武者震いした。 「今日、一度だけ。君の発散相手になってあげましょうか」

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