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美しい薔薇には棘どころか牙がある/高校生×女顔893
「翔汰朗クン、見っけ」
その日、尾瀬翔汰朗 は取り留めのない興奮で始終浮ついていた。
友達が教室で放課後をだらだら潰すのに加わっているように見せかけて実は何一つ会話を聞いていなかった。
「俺のこと覚えとる?」
まさかの人物に笑いかけられて翔汰朗はその場で固まった。
話は昨日の放課後に遡る。
学校のボクシング部に所属している三年生の翔汰朗は県大会のみならず全国大会において優秀な成績を残す高校生ボクサーだった。
数多のボクシングジムからスカウトされている中、一番条件のいいところへ見学にいき、会長直々に焼肉をご馳走してもらった。
夜十時過ぎ、駅への近道である治安の悪い繁華街をトレーニングがてら軽いフットワークで駆け抜けていたら。
ガシャン!ガシャン!ガッシャン!
酒に酔った客の罵声やら笑い声に紛れて聞こえてきた、野蛮な音。
立ち止まって方向転換、音のした方へ、けばけばしいネオンで飾られた表に対してやたら暗い路地裏に足を進めて。
翔汰朗は目撃した。
「落とし前つけてもらおうじゃねぇか、黒天のイバラ姫さんよぉ」
「なめた真似すっからこんな目に遭うんだ」
一目でその筋の人だとわかる、これでもかと柄の悪い男二人。
しかも片手には……いわゆるドスという凶器が握られていた。
男二人の正面には恐ろしく女顔の男がゴミ袋の狭間に埋もれるようにして仰向けに倒れていた。
腹部付近が切り裂かれた白いシャツには血が滲んでいる。
正にガチな修羅場に生まれて初めて遭遇してしまった翔汰朗はその場で立ち尽くした。
「なんやぁ、ニィチャン、何見てんだコラ」
「んん? 制服じゃねぇか、まだガキやぞ」
翔汰朗の元へドス男の一人がニヤニヤしながら近づいてきた。
もう一人は……翔汰朗の見ている前でギラギラ輝く凶器を頭上に掲げ、ぴくりとも動かない女顔男に振り下ろそうとした。
命の危機なる瞬間に直面した翔汰朗は。
一寸の迷いが命取りになると瞬時に我が身に判断を下して。
スクールバッグを路上に放り投げるや否や。
戦闘モードに突入した翔汰朗は自分に迫っていたドス男に猛烈ボディーブローを、まさかの反撃にぎょっとしていた二人目の顔に必殺右ストレートをブチ決めた。
「ひでぶ」寸前のダメージを食らったドス男二人は凶器をカラーー……ン、と手放してその場に倒れ伏した。
次の瞬間。
「こら!何をしてるんだ!?」
甲高い笛の音とほぼ同時に警官らしき人間の声が。
我に返った翔汰朗は路上に放り投げていたスクバを掴みとって、その場から全速力で走り去った。
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