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甘い窒息をあなたにあげる-2
夜。
いつものホテル、近くで聞こえるサイレン、絶え間なく瞬く街中の聞き慣れた喧騒。
ソファに座った白倉は電話中だった。
途中まで妻と、切る際には幼い娘が出たのだろう、父親らしい声色で「おやすみ」と告げていた。
閉め切られた窓際で瑞穂は密かに立ち竦んだ。
病んでいるとしか思えない男の趣向に意識が偏りがちだったが、そう、白倉は既婚者で家庭がある。
自分の耳にまで届いた無邪気な幼い声に胸が軋んだ。
あるべき罪悪感と向かい合わざるをえず、燻っていた決意を新たにする。
そうだ、今日はもうこのまま別れて、明日の朝一に直接退職の話を……。
「どうしたの」
不意に背中から抱きしめられて瑞穂はビクリと仔猫のように震えた。
「ッ……教授、あの、」
「岡部くんは瑞穂に気があるみたいだね」
「……え」
「いつも君のことを気にかけてる。君は綺麗だし、繊細だから。母性本能がくすぐられて守ってあげたくなるのかもしれないね」
「……」
「いっそお付き合いしてみたらどうかな」
どうしてそんなこと言えるんだろう。
俺の苦しみを知っているくせに、この人は、どうして。
せり上がる感情を抑えきれずに瑞穂の双眸から流れた哀しみの欠片に白倉はすぐに気が付いた。
「教授、俺……壊れそうです」
巣に堕ちて雁字搦めになり身動きもとれずに苦しむ生餌じみた瑞穂。
白倉は背後から微笑みかけた。
「今夜はまともに営んでみようか、瑞穂」
視界にぼんやり写り込む天井。
こんな模様が走っていたのかと、瑞穂は揺らめく視線で意味もなく壁紙の柄をなぞった。
「瑞穂」
ベッドで白倉とまともな営みの最中だった瑞穂はしとどに濡れた双眸を瞬かせた。
抉じ開けられた下半身。
隆々と屹立していた肉杭が後孔を貫いて秘められた奥を突いてくる。
緩々と、じっくり、激しく、勢いをつけて。
「ッ、ぁっ」
首を絞められるよりもこういう風に体を重ねた回数の方がぐっと少なかった。
内壁できつく閉ざされた深部。
滾るペニスが間をおいて打ちつけられる。
収縮を繰り返してざわめく最奥に膨張を捻じ込ませ、馴染んでくれば、小刻みにたっぷり揺さぶってくる。
「あ……っあ……っ」
声が抑えられない、律動に従って唇の狭間から次から次に零れ落ちてしまう。
「瑞穂」
全身の肌を曝して喘ぐ瑞穂は敢えて外していた視線を恐る恐るそちらに向けた。
ほぼ服を着たまま自分にのしかかっている白倉に。
「綺麗だね」
ああ、だめだ、本当に壊れる。
「っ……教授……」
「名前、呼んでごらん」
「ッ……」
「僕の名前。言って?」
互いの狭間でいつの間に先走りに塗れてぴくぴく揺れていた瑞穂の性器が白倉の掌に緩やかに擦り上げられた。
クチュ、クチュ、水音を奏で、上から下まで隈なく摩擦される。
先端を揉みしごかれる。
「ぁ……っ怜一 ……さん……ッ」
甘く捩れた声で呼号された白倉は満足げに目を細めた。
「瑞穂のものになってるね、今」
「あ、あ、あ……っだめ……そんなしたら……っ」
汗ばんで艶めく尻の狭間を行き来する速度が上がった。
窄まりに深く食い込む肉杭が音を立てて抽挿される。
入り口から奥まで官能的に締まった後孔が激しく貪られる。
瑞穂は影を落とす長い睫毛を忙しなく痙攣させ、もっと濡れながら、白倉を見つめて。
希った。
「……っ絞めてください、怜一さん……」
枕元に預けられていた彼の両手を自分の喉元へ自ら招く。
「ッ……俺のこと……貴方の好きにして……?」
貴方の歪みを愛してる。
誰にも明かされていない、俺だけが知る貴方を。
「いい子だね、瑞穂」
白倉は微笑を深めた。
瑞穂の招きにすんなり甘んじる。
目立たない喉骨を覆い尽くした両手。
自身を焦らすように、ゆっくり、力をこめていく。
「ん……ぅぅぅぅ……っ」
肉の底を溺愛されながら首を絞められ、瑞穂は、息苦しさの余り涙した。
凄まじく締まる後孔。
白倉を呑み込む勢いでうねり蠢く。
「瑞穂、僕を見て?」
教授、教授。
怜一さん。
限界を越えてもいいから貴方のそばにいたい。
ひんやりした解剖室。
エプロンにも似た保護衣にマスクに手袋に長靴と、ホルマリンに対し完全防備で午後に行われる切り出しの準備をしていた瑞穂。
「瀬戸君」
白衣を翻して白倉がやってきた。
美しいまでに鋭利な器具を解剖台に並べていた瑞穂は作業を中断し、マスク一つつけていない教授をぎこちなく出迎える。
「……お疲れ様です」
「瑞穂」
二人きりの解剖室、解剖・切り出しを行うL字型の解剖台を挟んで白倉は瑞穂に微笑みかける。
「瑞穂に助手として来てもらうことにしたから」
「……?」
「トロント。来月。よろしく」
「え?」
「日程表、総務に提出するの忘れないように」
「あ、あの……助教の河鍋先生や佐野先生じゃないんですか」
「二人とも講義があるからね。瑞穂が適任だと思って」
突然の依頼にマスクをしたまま瑞穂が固まっていたら。
おもむろに白倉は身を乗り出した。
口元をしっかり覆っていた使い捨てマスクを下にずらすと、唇に、キスを。
「……教授」
「二人きりだから名前でも構わないよ」
「……教授は教授です」
「マスクをしていても綺麗だね、瑞穂は」
今日も瑞穂は白衣の下に立ち襟を着込む。
外面は人当たりのいい紳士、腹底に嗜虐趣味を宿す男につけられた痕を何食わぬ顔で隠している。
「おはよう、瀬戸君」
「……おはようございます、教授」
甘い窒息に二人して溺れている。
end
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