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彼のMr.Kaleidoscope/美形ストーカー×男前平凡

「隣、いいですか?」 国立医学部のキャンパス、ガラス張りの食堂、中庭の芝生が目の前に広がるカウンターで昼食をとっていた貴志(きし)。 「お疲れ様です、貴志君」 視線を向ければ法医学教室講師の満永(みつなが)が斜め後ろに立っていた。 シンプルなノンフレーム眼鏡、シャツにVネックのセーター、ストライプ柄のスラックス。 二十九歳にしては澄み渡った女性じみた白磁の肌。 切れ長に整った双眸、品のよさそうな唇、髪色は落ち着いたダークブラウン。 周囲にいた女子学生の注目を集めている。 「……どうぞ」 「ありがとうございます」 自分より年下である二十六歳の貴志に丁寧に礼を述べて満永は隣に着いた。 一つ一つマナーが行き届いた所作で満永は食事を進めていく。 先に食べ始めていた貴志と同じタイミングで食べ終わる。 席を立ち、トレイを戻し、食堂の出入り口に設置されたコートハンガーに向かう貴志の後を緩やかな足取りで追いかけて。 「はい、どうぞ」 名前が書かれているわけでもない貴志の白衣を複数ある中から一切迷わず速やかに取り上げ、手渡すと、すぐ真横に引っ掛けていた自分の白衣をふわりと翻して羽織った。 「昨日ね」 「え?」 「牛のいいスジ肉が手に入ったんです。ビーフシチューにしようと思うので、貴志君、今日いらっしゃいませんか?」 ビーフシチューは貴志の昔からの好物だ。 満永は貴志のことなら何でも知っている。 何故なら興信所に依頼して調査してもらったからだ。 『貴志君って万華鏡みたいですね』 満永は貴志に付き纏うストーカーだった。 貴志の職場は基礎研究棟四階にある。 透過電子顕微鏡(TEM)、走査電子顕微鏡(SEM)が設置された、主に病理部や解剖部が頻繁に利用しにくる共同実験室の事務員兼実験助手として働いていた。 満永は法医学教室が半フロアを占めている七階、基礎棟のすぐ向かい側に建つ法医解剖棟を行き来している。 『隣、いいですか?』 食堂で初めて満永に声をかけられたとき。 たまにキャンパスで擦れ違うことがあり、その優れた容姿から学内では有名だった彼を間近にし、貴志は同性ながらも目を奪われた。 法医は共同を利用しないからよく知らないけど。 かっこいいというより綺麗な人だな。 『貴志君、ですね?』 『え』 『二年前から共同実験室のスタッフをされてますよね』 それからというもの食堂で昼食をとっていると満永が隣に来るようになった。 他愛ない話を交わして、最初は端整過ぎる顔立ちに辟易していたものの、次第に慣れ、普通に会話ができるようになった。 『ご出身は×××だそうですね』 『お姉さんが一人いらっしゃるとか』 『上の階の騒音がひどいらしいですね』 他愛もないはずだった話に疑問を感じるようになった。 出身地や家族のことは職場の人間に話したことがあるかもしれない。 でも、今住んでいるマンションの騒音、騒音というか。 同年代らしき女性が上の部屋の住人らしく、ここ最近、恋人を夜中に呼ぶようになって……ベッドの軋みや声がひどいことは……この間、居酒屋で、親しい友達にしか話していない。 『大変ですね』 どうして満永さんが知ってるんだろう。 実は同じマンションに住んでる、とか。 だけどそれなら普通先に言うはずだ、一緒のマンションなんですよ、の一言くらいあっても、 『貴志君、僕の部屋にいらっしゃいませんか』 『え?』 『昨日、新鮮な和牛のスジ肉を買ったんです。子供の頃から君が好きなビーフシチュー、作ろうと思って』 食堂で隣に座った満永に微笑みかけられて貴志は……内心、青ざめた。 気のせいか? 俺の考え過ぎか? いや、やっぱり何かがおかしい。 『貴志君』 何も疾しさなど感じさせない満永の綺麗な微笑を間近にして、貴志は、答えた。 『じゃあ……お邪魔します』

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