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彼のMr.Kaleidoscope-2
その日の夜に自分が住んでいるマンションよりも高そうなデザイナーズマンションの一室で貴志は満永の秘められた狂気を目撃することになった。
ビーフシチューは実家の味とまるで同じだった。
当然だろう、ルーも材料も隠し味であるはずの調味料も、付け合わせまで、実家のものとお揃いにされていたのだから。
恐る恐る一口食べて驚愕した貴志に満永は眼鏡レンズを拭きながら教えてくれた。
『君のことが知りたくて。興信所に調査を依頼しました。まず、どんなところでどんな方に育てられたのか、ご実家について。食事にも興味があったのでお母様の買い物など数回に渡って探って頂きました。料理教室での会話も少々。ご自慢の息子だそうですよ。それから現在のお住まいや交遊関係も最寄りの店についても。一通り』
二口目を放棄してダイニングテーブルで強張っている貴志に満永は微笑みかけた。
『貴志君って万華鏡みたいですね』
小さい頃に祖父からもらった万華鏡。
見るたびに色やかたちが変わって、綺麗で、鮮やかで。
『覗き込む度にさらにもっと見たくなる』
『……満永さん』
無理だ。
もうこの人と話すことなんてできない。
理解できない。
したくない。
手遅れになる前にはっきり伝えないと。
『迷惑です』
多少の恐怖や不安はあった、怒りだってもちろんあった。
しかし取り乱さないよう可能な限り平静を保って貴志は断言した。
湯気の立つ皿、ワインボトル、か細いグラスの乗ったテーブルを挟んで満永と対峙した。
『どういうつもりでそんなことをやったのか、わかりませんが……もう、俺は、満永さんと普通に話すことができません』
騒音など少しも聞こえてこない静かな部屋。
『ここにはもう来ません』
懐かしいはずの薫りがひどく疎ましい。
『もう、貴方とは……話しません』
自分を見失わずに冷静に言葉を述べた貴志。
反論することなく静かに聞き続けた満永。
短い沈黙が流れて、そして。
『……』
満永の澄み渡った頬をゆっくりと伝い落ちていった涙。
ショックや悲しみに顔を歪めるでもなく貴志をただ見つめたままレンズの奥で彼は声もなく泣いた。
満永の泣き顔を見、一瞬、全てを忘れて貴志は思った。
なんて綺麗で可哀想な人だろう、と。
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