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甘いあまいアナタ-3

【クリスマス】 「センセェって司のこと好きなんじゃないのかな」 「……どうして」 「だってさ、ほら、今日もそっち向いて寝てんじゃん」 「……ああ」 「いつもそっち向いて寝てんじゃん」 曇り空が寒々しい静かな昼下がり。 司の部屋で、かつて年上の友人から譲り受けたアンティーク調の木製ベッドの上で、司と翔吾は眠る里見を真ん中にして川の字に寝そべっていた。 「キスだって司とばっかしてる」 「……そうだっけ」 裸の肩まで暖まるよう、里見の方へ毛布を引っ張り上げてやり、自分はトライバルのタトゥーが彫られた両腕を外気に曝して司は言う。 「構ってもらってるのは翔吾の方だろ」 「えぇ? どこが?」 「しょっちゅう頭撫でてもらってるし、何かと心配されてると思う」 虚無を飼う鳥篭にスカルのオブジェ、壊れたトランクケース、針のないレコードプレイヤー、フクロウの剥製。 日常に何ら役割を果たさないガラクタばかりの部屋の中、司と翔吾は安らかな午睡に耽る里見を見つめる。 午前中に散々愛し合った跡はその肌のどこにもない。 二人は懸命に毎回、そうするよう、心がけるのだ。 彼は自分たちのものではないから。 所有痕を刻みつけたい欲望、気が狂いそうになるほどの葛藤、必死で有耶無耶にした衝動。 そうして見えない肌の奥に楔を打ちつけて全てを昇華させる。 遠ざかり、ベッドの上で再会すれば、また同じことの繰り返しだけれども。 「……綺麗、センセェ」 金髪に近い派手な色合いの長い髪を鎖骨へと滑らせ、翔吾は、里見の寝顔を覗き込んだ。 その瞼にキスを落とす。 些細な接触に、寝ていた里見は微かに震えた。 「ん……」 ああ、起こしやがって、という司の批判的な眼差しに翔吾は苦笑いし、それでも額や頬にキスを続けた。 「あ……翔吾君……」 「おはよぉ、センセェ」 身を捩じらせて緩々と目を開けた里見に翔吾は飛び切りの笑顔を浮かべた。 動物の子どものように里見に頭を擦りつけ、頬擦りする。 寝起きの里見は喉奥で小さく息をつき、毛布の中に沈めていた片腕をするりと伸ばして、翔吾の頭を撫でてやった。 「寝過ぎたみたい……今、何時かな……」 「もうすぐ三時だよ、先生」 司は乱れていた里見の前髪を梳いて、その温もった額をそっと撫でる。 「今日、クリスマスのお祝い、するんでしょ」 「あ……うん」 「そろそろ帰らなきゃ」 「……君達、今日、本当に来ないのかい」 去年、里見の家で、彼の家族と一緒にクリスマスを過ごした司と翔吾は顔を見合わせ、浅く頷いた。 「そう……」 「ねぇねぇ、センセェ。俺と司が川で溺れてさ、一人しか助けられないとしたらさ」 どっちを助ける? 突拍子もない翔吾の質問に、まだ寝惚け眼でいる里見は目をぱちぱちと瞬かせた。 聞いていた司は僅かに眉根を寄せる。 里見を困らせるような質問をするな、という意思表示だった。 しかし里見は目元を擦りながらもはっきりとすぐに回答した。 「どっちも助けないよ」 「えっ」 「え」 予想外の回答に翔吾はもちろん司もつい声を上げた。 「その時は僕も一緒に溺れて君達と死ぬから」 里見の答えを聞いた翔吾は、その双眸から、ぽろりと涙を零した。 里見の肩に顔を埋めてしゃくり上げる。 「……最近、翔吾君は泣き虫だね」 ねぇ、司君? 微苦笑交じりに向けた里見の視線の先で、司は、その頬に一筋の涙を伝わらせた。 初めて目にする司の泣き顔だった。 驚いた里見は肩で泣く翔吾をあやしながら、静かに涙する司へと手を伸ばす。 司はその手に頬を押し当て、目を瞑り、涙で愛しい人の掌を濡らした。 「どうしよう、先生」 帰したくないよ。 ずっとここにいてほしい。 ずっと、ずっと……。 プレゼントはいらない。 温かいご馳走もケーキも。 ほしいのは、甘い、あまい、貴方だけ。 【バレンタインデー】 正午に差し掛かるまで後少し。 日常に使い道のないガラクタで散らかる部屋の中。 赤いカーテンに閉ざされた窓辺から日差しが洩れて、アンティーク調のベッドに小さな陽だまりができている。 時折、そこを、裸の足首が過ぎった。 「……センセェ」 積み重ねたクッションに背中を預けた翔吾は、うっすらと全身が薄紅に染まった里見を背中から抱き締める。 抱き締められた里見は、もどかしそうに喉を反らし、下肢の中心に頭を沈めた司の髪に触れる。 触れられた司は、微かな笑みを口元に浮かべ、いとしい熱源をより口腔の奥深くへ招いた。 「あ……っ」 若くしなやかな裸身に挟み込まれて、緊張に強張ることもなく、里見は上擦った声を洩らす。 心身ともに委ねることに、もう、抵抗はなかった。 二人は全てを受け止めてくれるから。 「センセェ、寒くない?」 日向にいれば眩く光り輝く髪を解いた翔吾は、肩に顎をくっつけ、甘えた口調で里見に問いかけた。 「……寒く、ないよ……翔吾君が暖かいから」 「うん、俺もあったかい」 翔吾は半開きの唇に口づけた。 舌先でも里見に甘えてくる。 拙いなりにも甘やかしてやると、なかなか離れようとせず、しばし夢中になって彼は戯れてきた。 「ん……」 温む粘膜に包まれた隆起に強めの施しを受けて、里見は、翔吾と戯れてやりながら視線を下ろす。 トライバルのタトゥーを陽だまりに曝した司が、里見を咥え込んだまま、舌尖を蠢かせている。 先走りの蜜に濡れていた熱源をさらに潤すように、唾液を注ぎ、頭を動かし始めていた。 上目遣いに見つめられ、里見は、素直に欲望に従って腰を僅かに突き上げた。 翔吾と唇を交わらせたまま司と視線を共有する。 触れていただけの里見の掌は次第に愛撫を綴るようになり、司の黒髪を乱して。 喉元まで濡らしながら、里見は、二人の間で果てた。 「センセェ、チョコ、どれがいい?」 「先に君達が好きなのを食べなさい」 「駄目だよ、それじゃあ。先生のために買ってきたのに」 まだあられもない余韻を残すベッド。 うつ伏せた里見は、目の前に置かれたチョコレートの詰め合わせをぼんやりとした眼差しで眺める。 両側で寝そべる司と翔吾に「どれがいいか」と頻りに聞かれ、とりあえず、数がたくさんある種類のものを指差した。 「センセェ、それ、遠慮してない?」 「ううん」 「えっと、こっちは? カプチーノムースが入ったトリュフだって!」 添えられたカードを読みながら翔吾が説明する中、司は、里見が指差したミルクチョコレートを手に取った。 包装を外すと里見の口元に差し出してくる。 里見は小さく笑って、司の指からチョコレートを食べた。 「うん、おいしい。だけど、せめて座って食べようかな」 「別にいいんじゃない。たまにはさ」 「センセェ、俺、これ! これちょうだい!」 裸のままベッドに腹這いとなった三人はチョコレートを代わる代わる食べさせ合う。 かけられた毛布の下に満ちるそれぞれの体温が心地よくて。 もうじきその世界は空虚に覆われるとわかっていても。 永遠にこの時間が続けばいいと、そう思わずにはいられなかった。

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