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甘いあまいアナタ-4
【ハロウィン系パラレル?①】
どこまでも青く晴れ渡る空。
草花に彩られた野原の傍ら、教会の前で子供たちに昼下がりのおやつを与えていた里見は声をかける。
「さぁ、そろそろお家に帰る時間だよ」
麓の村から来ていた子供たちは行儀よくお辞儀をし、手を振って、なだらかな一本道を帰っていった。
誰かの忘れ物である賛美歌が目に止まって里見は苦笑する。
木製の大きなテーブルには白のテーブルクロスが引かれ、その上はカップケーキやクッキーなどのお菓子、ティーセットがずらりと並べられていた。
里見は村外れにぽつんと建つ教会の神父だった。
彼は一人、ここで暮らしている。
子供たちが去って無人となったテーブル、途端に静けさに包まれた昼下がり。
さり気なく吹き続ける微弱な風に神父服の裾を靡かせ、テーブルに背を向け、里見は地平線まで広がる美しい野を眺める。
白や黄色、ピンクの可愛らしい小さな花達が点々と咲いていた。
淡い色をしたウサギが時々飛び跳ねていた。
何気なく振り返った里見の視界に、それまで影すら捉えることのなかった訪問者が写り込んだ。
「神父サマ、こんにちは」
「こんにちは、神父様」
不意打ちなる訪問者はテーブルを挟んで向かい合って着席していた。
黒い服を着た二匹。
背中には黒い羽根が生えている。
二匹は悪魔だった。
そんな悪魔二匹に里見は微笑みかける。
「こんにちは、今、お茶を淹れるから」
二匹は大分前から里見の元へやってくるようになった。
誰にも分け隔てない里見は、二匹に対しても教会を訪れる人間と同じように快く迎え入れた。
悪魔を見かけ、怖がる者や注意を促してくる者もいたが、里見は二匹の偽りない穏やかさを伝え、恐れを抱く必要はないと言って聞かせた。
里見を困らせたくなかった二匹は、村人がやってくる礼拝中や子供たちのおやつの時間を避け、里見が一人になると忽然と姿を現すようになった。
「神父サマ、今日、すっげぇ天気いいよね。今からピクニックでも行っちゃう?」
派手な色合いの長い髪を木洩れ日に輝かせ、中性的な、綺麗な顔立ちをした悪魔の翔吾はカップケーキを頬張りながら楽しそうに笑う。
「今日は隣町からタルト、買ってきたんだけど。苺でよかったかな。ブルーベリーもあったんだ」
二の腕のトライバルタトゥーが目立つ、黒髪に、顎に無精ヒゲを生やした悪魔の司は小さな箱を里見に手渡す。
「ありがとう。ピクニックは今度にしようか。帰りが遅くなってしまうから」
「え~」
「サンドイッチを作って、午前中に出発して、あの丘の上でお昼に食べよう。きっと楽しいよ」
「わ~」
単純な翔吾はしょ気たかと思えば、すぐさま幼子みたいに破顔して隣に座る里見にくっついてじゃれついた。
「あ、そうだ、俺が抱えて飛んであげよっか? わざわざ歩いてきつい思いしなくて済むし!」
「それだとピクニックにならないだろ。それに危ない」
向かい側から注意が入ると、翔吾は、カップケーキについていた苺のヘタを司に投げつけた。
「こら、食べ物で遊んじゃいけない」
「……司のせいで怒られた!」
「何で俺のせい?」
司は紅茶を一口飲むと受け皿にそっとカップを下ろし、相変わらず翔吾にじゃれつかれている里見に提案した。
「じゃあ、神父様、そこの野原まで散歩はどう」
里見は頷いた。
後片付けは先延ばしにして、二匹と、晴れ渡る青空の下で薫風香る野原へ。
適当な場所に腰を下ろすと、二匹は、それぞれ里見に背中を向け、羽根を広げて日干しさせつつ何やら花を摘み始めた。
そして。
「ほら、神父サマ、どーぞ!」
うっすらとピンクに色づく花輪の冠をつくった翔吾は里見の頭に早速乗っけた。
少々アンバランス、妙なところから茎が飛び出しているもののサイズは丁度いい。
「うわ、似合う! すっげぇ可愛い!」
「ありがとう、翔吾君」
まるで少女のような扱われ方を、里見は別段気にするでもなく、素直に嬉しくて翔吾に礼を告げた。
「神父様、ちょっと左手、いい?」
司に言われて里見は手を虚空に翳す。
すると司はその手をとり、細部まで完成された白い花の指輪を薬指にはめた。
「あっ」
「よかった、こっちもサイズ、丁度いいみたい」
「綺麗だね、ありがとう、司君」
しまった、という顔をした翔吾を余所に司は小さく笑い、里見は二人からの贈り物に頬を緩ませた。
雲がゆっくりと遥か頭上を移動していく。
翼あるものが緩やかに旋回し、風と戯れている。
「ねぇ、神父サマって、生涯独身ってやつなんだよね?」
里見に膝枕してもらっている翔吾が突然そんなことを尋ねてきた。
光り輝く髪を撫でてやりながら、里見は、首を左右に振る。
「いいや、そうとは限らないよ。既婚の聖職者は珍しくない」
「ええ~」
「でも、」
こんなにもいとおしい、君たちといるこの時間が、この心を満たしてくれるから。
そうなっても構わないかな。
「やったぁ」
寝返りを打った翔吾は里見の腹に抱きついて頬擦りした。
触り心地のいい彼の髪を右手で梳いてやる。
左手は背中合わせに寄り添っている司の掌と重ねていた。
開かれた司の羽根が間に挟まれていて、まるで、里見も二匹と同じような。
青い空の下、神父と二匹の悪魔はそうして一つに溶け合うように、ずっと一緒にいた。
【ハロウィン系パラレル?②】
里見の自宅には犬と猫がいる。
真っ黒な犬と真っ白な猫が。
「ただいま」
自宅に帰ると彼らはすでに玄関でご主人様を待ち構えていた。
犬は足元に擦り寄り、腕に抱かれた猫は肩までよじ登って頬擦りしてくる。
「最近、風邪で休む子が多くてね。君達は大丈夫?」
キッチンに回った里見はそれぞれのお皿にミルクを注ぐ。
犬の隣に猫をそっと下ろしてやれば同居者達は揃って行儀良く飲み始めた。
「週末は海沿いの公園へみんなで散歩に行こうか。ちょっと遠いけれど、友達もたくさんいるだろうし。船着場でヨットを見て帰ろうね」
まるで生徒が相手であるかのように話しかけ、里見は、彼らの背中を交互に優しく撫でた。
もっと撫でてという風に猫が膝に擦り寄ってくると、微笑みを深め、耳の付け根付近を掌でごしごししてやった。
その犬と猫は不思議な性質を持っていた。
里見が彼らと出会ったのは少し前のこと。
雨の降る夜、近道である広い公園を突き抜けて家へ帰ろうとしていた里見はふと足を止めた。
ベンチの下で何かが蹲っている。
近づいて、黒い犬が窮屈そうに丸まっているのだと気づいた。
『君、風邪を引くよ? お家に帰らないの?』
しゃがみこんだ里見は目を見開かせる。
犬の懐にはぐったりした猫が。
犬は雨と夜の冷たさから守るように猫を抱いていたのだ。
里見は猫を抱き上げると犬を連れて自宅に帰った。
実家を出て以来動物を飼ったことのなかった里見は現在住んでいるマンションがペット可だということに、そのとき初めて心から感謝したのだった。
簡単な夕食を済ませ、早めに風呂を済ませて、パソコンで授業に必要な文書を作成し終えた。
ホットココアを淹れ、本日駅前のケーキ屋で買ってきた色とりどりのマカロンを皿にいくつか乗せ、読みかけの文庫本を用意して窓辺のソファに座る。
すかさず膝の上を占領する猫。
犬は足元で丸くなった。
数ページ目を捲ろうとした里見の指先に触れた別の指。
「センセェ、かまって」
猫耳を生やした猫の翔吾が里見の膝を枕にしてじゃれついてくる。
「やめろ、読書の邪魔だろ」
すかさず床にうつ伏せになって寝ていた犬耳の犬の司が注意した。
そうなのだ。
二人は時々ヒトの姿になる。
小学校の教諭である里見を「先生」と呼んで寄り添ってくる。
「ねぇねぇ、公園行くの、明日? 明日?」
白い服を着た翔吾は眩い笑みを浮かべて里見に尋ね、それを耳にした黒服姿の司は肩を竦めてみせる。
「週末は明後日だ、明日先生は仕事だ」
「えー。俺、早くセンセェとお散歩行きたい!」
里見はすまなさそうに笑って「一日、我慢してくれるかな、翔吾君」と綺麗な色をした長めの髪を撫でた。
イイコイイコしてもらって翔吾は機嫌をよくする。
「わかった!」
「マカロン、どの色がいい?」
「やったぁ、オレンジ!!」
「はい、どうぞ」
翔吾は差し出された里見の手から直接お菓子を食べた。
もぐもぐ頬張りながら「ココア飲みたい!」と言うので、カップを持っていけばそのまま口をつけてくる。
里見はカップをゆっくり傾けて翔吾に適温となったココアを飲ませてやった。
「司君はどれがいい?」
「じゃあ、白、もらっていい?」
「白だね、はい、どうぞ」
立ち耳犬の司も里見の指先からお菓子を食べた。
ついでに、ぺろりと、指も舐める。
「甘くておいしい」
里見はくすぐったそうに笑った。
ヒトの姿をしているけれど本当は犬と猫だ。
だから、ストレートに甘えたり、じゃれついたりしてくるのは、きっと不思議なことじゃない……。
「先生にも食べさせてあげるよ」
「え? いや、僕は人間だし、自分で食べれるから」
「遠慮しないで」
「あ! じゃあ俺ココア担当!!」
里見の両隣に座った二人は片手にマカロンを、片手にココアを持って、迫ってくる。
彼らに対して小さな生徒同様の扱いをしてしまう里見は、どうしても断れずに、とことん甘やかしてしまうのだ……。
甘いあまいアナタがだいすき。
冷たい暗闇から助けてくれたアナタをずっとあいしてる。
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