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甘いあまいアナタ-5
【それから】
ドーナツをたくさん買って、ホットコーヒーを買って、翔吾と司は郊外の公園へ出かけた。
カップルや家族連れ、友達同士、いろんな人達が冷たく澄んだ空気の中で思い思いに快晴の午後を過ごしている。
近くにある空港を目指してジェット機が遥か上空を横切っていった。
「天気よすぎじゃね?」
「ん」
「あちっこれ熱すぎじゃね? 火傷しそ」
「ん」
綺麗に満遍なく染められた長めの髪を女子のように緩く結んだ翔吾、ずずずっとコーヒーを小さな飲み口から苦心して啜った。
パーカーのフードを目深にかぶった司は無表情のままドーナツを食べる。
二人は小さな頃から仲がよかった。
大勢の輪の中に入るのが面倒くさくて、少し怖い気もして、休み時間は教室の端っこで一緒にマンガを読んでいた。
家族よりも一緒にいる時間が長くて。
誰かとくっついていると温かい、そんなことに気がついたのも一緒にいる時で。
小学校四年生の頃、放課後、こんな大きくて広い立派な公園ではなく、近所にあった小さな公園で一つのブランコに一緒に座って暗くなるまでマンガを読んでいたら。
いつの間にか園内のベンチに高校生のカップルが座っていて、自分達と同じようにくっついて、動いていて。
あ、せっくすしてる。
二人は何となく気がついた。
三日月が沈んで、公園は真っ暗になって、高校生カップルもどこかへ去った後。
二人はきすをしてみた。
別に面白くもなんともなかった。
手を繋いで家に帰りながら、二人は、多分いつか自分たちはあのカップルみたいに二人でせっくすするんだろうな、と何となく思った。
男同士が普通じゃないということはわかっていた。
自分達は異質なものなのかもしれない。
世界に溶け込めない異端者なのかもしれない。
『普通のことが全ていいわけじゃない。普通じゃないことが全て悪いわけじゃない』
みんなが帰った放課後の教室で優しい言葉をくれた担任の先生。
夕方、窓も壁も机の上もオレンジ色に染まっていた。
夕日の中に三人きりで沈んでいるような。
『翔吾君、司君、今日は僕と一緒に帰ろうか』
小学校の校門で待ち合わせをして二人は里見先生と一緒に帰った。
いつもの帰り道が何故だか色鮮やかに目に写った。
落ち葉の降り積もった駐車場、すぐに赤信号に変わってしまう横断歩道、猫がいたりいなかったりする手摺りつきの階段。
二人は里見先生を挟んで歩いていた。
里見先生は交互に二人に話しかけてくれた。
時々頭を撫でて、向かい側から自転車が来れば肩を抱いて安全な方へ。
『夕焼けに飛行機雲、綺麗だね』
二人は一緒に先生に恋をしていた。
「――あ、センセェ! ここだよ、ここ!!」
翔吾は立ち上がって大きく手を振り、背もたれに深く背中を預けていた司は身を起こした。
バトミントンをしているカップルを避けて里見は二人のいるベンチの元へ。
「ちょっと冷たいけど気持ちがいいね」
頬をうっすら赤く上気させて里見は二人に笑いかける。
そんな里見先生に翔吾と司は何度も恋をする。
螺旋の恋を。
【インフルエンザ】
「インフルエンザ?」
「そ。ツイてないね、司の奴」
「一人で大丈夫かな。不安じゃないかな?」
「んー大丈夫でしょ、司、しっかりしてっし。それよりセンセェ、二人で何食べる? ケーキ? アイスクリーム? パフェ?」
人通りの絶えない白昼の光溢れる街角。
待ち合わせ場所で司の体調不良を急に聞かされて心配する里見、一方、翔吾は明らかにハイなテンション、久し振りに元担任と二人きりで過ごせることを正直に喜んでいた。
「俺、ここ行ってみたい! おいしそうじゃない?」
お気に入りのブランドで買い揃えたシルバーアクセサリーを指先や胸元に光らせ、オフホワイトのブルゾンにパステルカラーのスキニージーンズ、2トーンのデッキシューズ、スタイリッシュかつシャープな伊達メガネをかけた翔吾、スマホ片手に里見に無駄に密着してくる。
こどもみたいにはしゃぐ翔吾に、司の体調を気にしていた里見は、やっといつものにこやかな表情に。
「うん。じゃあ今日は翔吾君の行きたいところに行こうか」
念願だったスイーツのお店でいつにもまして甘いお茶の時間を堪能し、次に翔吾が里見を案内した場所は。
「俺の行きたいとこ、どこでもついてきてくれんだよね、センセ?」
ラブホだった。
元教え子のいきなりの行動にさすがの里見も動揺した。
そんな様子を一切気にもせず「あーやっぱ日曜で混んでんなーもうここでいっか!」と入り口のパネルでさっさと部屋を選択し、まごつく里見を恋人繋ぎで超念願の目的地までリードした。
途中、通路で擦れ違ったカップルから繁々と眺められて里見は赤面し、俯いた。
翔吾は至って平然としていた、むしろ、ぎゅっと掌に力をこめてきた。
「俺、嬉しい」
「え?」
「ここだとセンセェを独り占めにできるもん」
俺だけの里見センセェにできる。
司宅よりも大きなベッド。
こういうところへ初めて来て明らかに緊張している年上の里見に翔吾の胸の高鳴りは止まらない。
いつもより乱雑に服を脱がして、いつもより激しく唇を奪って、いつもより身の入らない前戯を綴って。
「あ……!」
いつもより熱く昂ぶる我が身で里見の奥を抉じ開ける。
「いた……い……」
里見が珍しく痛みを訴えてきた。
きつく閉ざされた瞼の端に涙が滲む。
過剰に上下する裸の胸、ひくつく喉、途切れがちな呼吸。
「痛い……? ごめんね、センセェ……でも俺……しあわせ……」
暴走を制御する司が不在であるのをいいことに翔吾は欲望のまま里見をとことん好きなだけ愛した。
どこまでも深く痕をつけたいと、引っ掻くように、里見の奥の奥に溺れた。
「あぁ……っ」
「センセ……ッ……ん……いきそ……!」
「翔吾く……っ、……っ!」
何回も里見のなかで果てては白濁の雫で愛しい底を濡らして。
いつだって夢見ている、里見を独占できるひと時に心身ともに虜となった……。
***
「インフルエンザ?」
「うん。あいつ自己管理なってないから」
「大丈夫かな。つらくて泣いてないかな?」
「泣いてはいないと思うけど。翔吾、実家だし」
司宅にやってきた里見は今日一緒にDVD鑑賞するはずだった翔吾の体調不良を急に聞かされて心配顔でいた。
司はそんな里見を赤いレザーソファに座らせ、バニラの香るフレーバーティーとチーズケーキを二人分運んでくると隣に座り、二人の間にトレイを置いた。
「予告、飛ばそうか?」
「あ、ううん、予告も見たいな……翔吾君、泣き虫だから」
「うん?」
「借り物競争で最下位になったとき、ぽろって涙を流して。よく覚えてるんだ」
「……そう」
司はチーズケーキをフォークで二つに切り分けて片方を頬張った。
里見はお茶にもケーキにもまだ手をつけず、予告の始まったDVDを眺めながら、くすっと笑う。
「苦手な給食が出たときも食べたくないって、我侭言って。忘れ物したときも低学年の子みたいな顔をして……」
司はもう片方も頬張った。
平日も土日も約束がなければあまり外に出ず、自宅で黒っぽい格好ばかりして、彼の二の腕のタトゥーはだいたい服で隠されている。
本日ここに来て、ここにいない翔吾の話ばかりする里見に、司は内心寂しさを募らせていた。
すると。
「司君はいつだってそんな翔吾君に寄り添ってたね」
「え?」
「代わりに給食を食べてあげて。自分の教科書を翔吾君に貸して隣の席の子から見せてもらって。ほら、翔吾君はクラスメート相手でも人見知りする性格だったから」
「俺も結構な人見知りだったよ」
「そうだね」
本編が始まった。
里見は華奢なティーカップを両手で持ち、バニラの香りにふわりと口元を綻ばせ、温かな紅茶を一口飲んだ。
映画は中盤に差し掛かっていた。
「司君……」
空になったティーカップと皿の乗ったトレイは床の上。
レザーソファに仰向けに寝かされた里見は真上に迫る司をまっすぐに見つめた。
「前髪、伸びたね」
カットをさぼって視力低下を促す長さとなった司の前髪を、里見は、そっと指先で梳いた。
「切らないと。司君、物書きさんだから。ただでさえ目をよく使うから」
「先生、切ってくれる?」
「……無理だよ、絶対変になるから……、……ん」
台詞が丁度切れたところで司は里見にキスした。
映画は後半のクライマックスに差し掛かっていた。
ソファでは、着衣もほぼそのままに、密に下肢を重ね合った司と里見が。
唇も離れないよう繋げて司は緩やかに腰を揺らめかせる。
滾る熱を包み込む温もりに無心で縋る。
「あつ、い……」
「……俺も……熱いよ、里見先生……」
「ん……っふ……ぁ……ん……っ」
別の角度から改めて唇の内側を熱心に確かめてみた。
微熱で温められた舌先をゆっくり絡ませ合い、吐息を分かち、無意識に水音を紡ぐ。
ぎゅっと肩にしがみついてくる里見の無防備ぶりに心臓まで火照る。
「先生……イイ?」
問いかければ浅く頷いてくれる。
睫毛をしっとり濡らして、自分が奏でる律動に合わせて揺れる視線をひたむきに注いでくれる。
この人を俺のものにしたい。
俺だけのものに。
でもそれは叶わない夢――…………
「あ……あ……あ……」
だから、せめて、今だけは。
ずっと俺だけを見つめて、里見先生?
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