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SはSを愛す-2

男の名前は比佐(ひさ)といった。 水月と同じマンションに住む、絵に描いたような幸せな家庭を持つ、幼い娘にはとことん甘い父親。 専業主婦の妻には毎週末、有名店のスイーツを買って帰り、休みの日には家事を手伝う優しい夫。 職場では上司からの信頼が厚く、部下からは慕われる、有能な仕事人間。 「水月、お前、舌にピアスでもしたら?」 部屋の壁際で跪いた素っ裸の水月は、スーツにコートを羽織ったままでいる比佐の勃起したペニスの亀頭を頬張りながら、一際不機嫌そうな眼差しとなって頭上を見やった。 「俺が今度開けてやるから。裁縫道具の針でも可能だろ?」 「……バーカ、あんたが……開ければいいだろ、これにさぁ……」 上目遣いに嘲笑し、水月は、舌先で裏筋を撫でた。 「奥さんも大喜びじゃねーの……、っ」 癖のないストレートの髪を比佐は鷲掴みにした。 痛みに眉根を寄せた水月の喉奥にまでペニスを突き入れる。 「んぐ……っ」 床にボールを弾ませるような手つきで水月の頭をバウンドさせる。 腰を反らして口腔をペニスでいっぱいにし、円を描くように水月の頭を両手で動かす。 「それなら乳首にしようか。それなら職場でも見えないだろ?」 無邪気な口調と反対に強姦魔じみた腰つきで水月の唇を深く犯す。 迸る先走りが口角に滲み出て下顎へと垂れ、ナメクジが這ったような白い跡を描く。 「引っ張って、千切れたら、どれくらい痛いのかな」 伸びてきた冷たい手が水月の胸の突端に届いた。 捻り潰すような力が込められて水月の背中が戦慄く。 頭を押さえつけられているので体を離すことができない。 「音はするのかな。プチン、って」 乾いた指で引っ張られる痛みについ呻吟する。 畜生、このクソ馬鹿、噛み千切ってやろうか、マジで。 が、比佐はまたしても水月の不敵な眼差しからその目論見を読み取ると即座にペニスを引き抜いた。 片手で水月の柔らかな髪を握り締め、片手で棹を扱き、その顔に満遍なく精液をぶちまけた。 「……は、っ」 咄嗟に目を瞑った水月は満足げに息を洩らした比佐の微かな笑い声を聞いていた。 「きたな……臭ぇ……最悪……」 「その汚くて臭くて最悪なザーメン、お前の顔によく似合ってるよ?」 水月は口腔に入り込んだ彼の白濁を床に吐き捨てた。 哀れな精子ども、死ね、バーカ。 「今、死ねって、思ってるだろ」 口を拭った水月は跪いて距離を狭めた比佐に刺々しい視線を惜しみなく捧げる。 「死ね、バーカ」 「ふふ。水月、お前って、本当可愛いな」 ペニスを握っていた手で頭を撫でられ、水月は勢いよく顔を背けた。 「こら、駄猫、言うこと聞け」 比佐に軽く頬をはたかれる。 苛立ちが頂点に達し、水月は、滑っていた比佐の指に本気で噛みついた。 関節に思いきり歯を立てると口の中に錆びついた味が広がる。 比佐は、今度は、じっとしていた。 「俺の指、食い千切ってみる?」 水月は乱れた長い前髪越しに微笑する比佐を視界に捉えた。 セットされた黒髪。色欲に湿った目。絞め殺したくなる喉元。 高そうなコート。長く骨ばった指。少し伸びた爪。 「いて」 水月は比佐の爪を噛み千切った。 深爪を負った比佐はほんの一瞬だけ目元を歪ませ、吐き捨てられた自分の一部を見、それを拾い上げた。 そのまま水月の口の中に突っ込んで無理矢理それを飲み込ませた。 コートと背広を脱いだ比佐はベッドで水月を四つん這いにすると後ろから彼を貫いた。 精液と水月の唾液で濡れたペニスは一気に奥まで到達し、頭をシーツに押さえつけられていた水月は唸り、安っぽいスプリングに歯を立てた。 「ほら、これ、好きだろ?」 比佐は勝手知った血肉の中をペニスで掻き回しつつ、正面に手を回し、勃起しかけのペニスを撫でた。 「言ってよ、好きって。後ろから犯されながら扱かれるの、好きです、僕は変態です、って」 「し……ね、クソ……馬鹿が……っ」 「こら。誰がそんな汚い言葉言えって言ったよ?」 比佐は音を立てて水月を突く。 外気に曝されたうなじに噛みついて、白い皮膚に歯列を埋め、俄かに生じた血の味を吸い上げる。 歪に割れた爪先で尿道を引っ掛かれて水月はつい悲鳴を上げた。 「痛……っ」 「ん、痛いの? 今のが? これが?」 擽る程度の深爪による愛撫に水月は下腹部を痙攣させ、きつくシーツを握り締めた。 「痛いとか言いながら、勃起して、我慢汁出してるけど?」 五指に滴った先走りを指と指で擦り合わせて卑猥な音色を奏で、比佐は笑う。 「水月、やっぱり、痛いの好きなんだ」 上体を起こし、再び水月の髪を掴んで引っ張り上げ、比佐は律動した。 「うあ、ぁ、このや、ろ……っ死ね……っ」 「本当に口が悪いね、水月は。顔は綺麗なのに勿体ない」 うねる白い背中に深爪を滑らせる。 強く力を込めれば辿ったところに点々と血の玉が浮かぶ。 最奥をペニスで陵辱される深い痛みに溺れていた水月は歯痒い刺激に呻吟した。 「んぁ……っ」 髪の毛が抜けるのではないかという頭皮の疼きに思わず声を上げる。 「痛いって、離せ……っ」 上げた瞬間、比佐は手を離した。 顔面からスプリングに着地した水月が脱力したのも束の間、今度は片腕をとられ、馬が手綱を引かれるような具合に上体を起こされた。 「ほら、痛いの、いいんだろ?」 激しく責め苛まれて全身が前後に大きく揺さぶられる。 「あぁぁあっ」 「ふふ。やっと可愛い声出した」 雌豚以下の水月、もっと、鳴いてごらん? 両方の二の腕を掴んで自分に引き寄せると傲慢に腰を穿つ。 水月は止め処なく湧く唾液に唇を濁して仰け反った。 「く……ぅっ」 際どい極みに下肢を張り詰めさせて勢いよく射精する。 急激に強まった締めつけに比佐は奥歯を噛み締め、寸でのところで共倒れを回避し、収縮する内壁にて熱もつ昂ぶりをそのままに留めた。 切なげに打ち震える細身の肢体をベッドに沈めて、くっきりと残る噛み跡の上に滲んだうなじの血を舌尖で舐めとる。 深爪で刻みつけた背中の浅い傷口にも次々と唇を被せて、一つ一つ、ねっとりと舐め上げた。 比佐に跨った水月は氷水の如く冷え切った眼差しで熱い下肢を執拗に揺らめかせた。 浅ましく先走りを零し続ける比佐のペニスを深々とその身にくわえ込み、自分のいいところに当たるよう腰をくねらせ、滑らかな動きで二度目の絶頂を追う。 時に全身が跳ね上がるほど、真下から勢いをつけて突き上げられた。 そんな時、水月は比佐の腹部に爪を立てて歯痒さを相殺した。 「……俺の腹で爪、研ぐなよ」 着衣が乱れた程度の比佐が怠惰な笑みを口元に零す。 上体を前に倒した水月は彼のワイシャツとインナーシャツを乱暴にたくし上げ、顔を寄せると、胸の突起にざらついた舌を纏わせた。 皮膚と突起の境目をしつこく舐り、突起そのものを飢えた舌遣いで捏ね繰り回し、唾液で卑猥に濡らす。 そして勃起し始めた胸の尖りに犬歯を食い込ませた。 「……っ、でかくなった、あんたの……」 痛みと快感を同時に及ぼす咀嚼に片頬を痙攣させた比佐を斜めに見、水月は、膨れ上がった突起を犬のように舐め上げてみせた。 「痛いの、好きなんだ?」 もう片方にも荒々しくむしゃぶりついて歯を立てる。 先ほどの仕返しといわんばかりに濡れそぼつ乳首を指先で強めに捻る。 同調してさらなる硬さを帯びた体内の肉塊を後孔できつく締めつけてやり、カリ首まで露出するようなリーチあるピストンを繰り返す。 「風俗も顔負けだね、さすが……雌豚以下の水月、っ」 「じゃあ、俺にくわえ込まれたあんたは何だよ……盛った雄豚?」 鳴いてみろよ、涎垂らしてさぁ、この変態。 上体を再び起こした水月は緩んでいた比佐のネクタイを素早く剥ぎ取った。 頚動脈の浮かび上がる首筋に巻きつけて交差させ、両端を手の甲に巻きつける。 「馬鹿、跡が……」 咄嗟にネクタイと首筋の隙間に指を差し入れた比佐を見下ろして、水月は、加減なしに締め上げた。 「うぁ」 比佐が眉根を寄せる。 怠慢な笑みが掻き消えたのに水月はほくそえみ、両手に込めた力はそのままに、小刻みに腰をくねらせた。 体内で打ち震えるペニスの脈動を痛いほど感じる。 傲慢な支配欲に逆上せ上がり、自身の上唇を舐め上げてマウントを満喫し、苦しげに浅い呼吸を反芻する比佐を一心に見つめる。 もっと苦しめばいい。 俺の下で、俺の中で、俺だけを感じて……。 「ん……っ」 スプリングを鳴らしてがむしゃらに突き上げてきた比佐に水月は背中を反らした。 それでもネクタイは離さなかった。 あと少し、もう少し……もっと打ちつけて、奥に注げばいい。 そしたら、俺の中で殺してやるよ、あんたの精子。 「ぁ……!」 比佐は水月の体内に射精した。 奥深くに放たれる、肉壁の狭間が泡立つような感覚に背筋を痙攣させ、水月もつられて極まる。 やっとネクタイを手放すと息を荒げる比佐の上に崩れ落ちた。 「あ、はぁ……ぁ……んっ」 水月から酸素を得るように比佐は口づけてきた。 熱い息と舌をこれでもかと交わらせて獣のような息を吐き散らかす。 残滓を一滴残さず絞り出すようにしぶとく腰を揺らめかせ、水月は比佐の白濁をその身に呑み込ませた。 比佐も、無造作な腰つきで水月の粘膜に精液を切れ切れに叩きつけてくる。 互いの背中に爪を食い込ませて殺意とも区別のつかぬ激情を紛らわせ、交えた舌先で貴い熱を貪り、繋げた視線で嘲笑を共有した……。 「パパー、今日ね、花梨ね、あのね」 狭いエレベーターの中で響くあどけない声に頭痛を催した水月は舌打ちを噛み殺す。 父親の腕の中ではしゃぐ娘は骨張った長い指を戯れに弄っていたのだが、ふと、黒目がちの大きな双眸をさらに大きくした。 「パパー、この指だけ爪がない。ぎざぎざ!」 「ああ、それはね、猫に齧られちゃった」 「ねこ? にゃあん」 「ふふ」 ……指ごと食い千切ればよかった。 エレベーターが一階に到着し、水月は角に身を寄せて先に出るよう無言で親子を促した。 睨みつけてやろうと思った。そうでもしなければ気が済まなかった。 髪を二つに結んだ、私立幼稚園の制服を着た娘を片腕に抱っこした父親が、開かれたエレベーターの扉の外へと足を進ませる。 父親と水月の視線が重なった。 「……」 懐に抱く我が子が外へと気をとられた、その瞬間、比佐は水月にキスをした。 「パパー。花梨、にゃん、ほしい」 「うーん」 「だめ?」 「うーん」 前を行く親子の会話にため息を噛み殺し、水月は、冴え冴えとした双眸をさも不機嫌そうに細めつつ爽やかな朝に身を投じた。 昨夜に飲み込んだあいつの爪が心臓に突き刺さっているみたいだ。 まるで犯されてる気分。 性器にも等しい、図太い、凶器。 血の代わりに溢れ出るのは、殺意か、愛情か。

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