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SはSを愛す-3
名も知らない少年に水月はペニスを突き入れていた。
「あぁっっそこぉっすごぃっっっ」
両耳、鼻、舌、乳首、臍にピアスを入れた黒髪の少年は水月が腰を動かす度に悲鳴を上げる。
ローションでずぶ濡れの肉奥を濁った音と共に掻き回せば涎を垂らして仰け反った。
「んんんんっっイイっっっ」
水月は氷水のように冷めた眼差しで少年がよがるのを眺めていた。
勃起はしているが肌は低温に留まっている。
少しきつめの双眸は昂揚どころか幻滅に近い、白けきった色を浮かべていた。
ありふれたラブホの一室、全身ピアスだらけ、手首にリストカットの蚯蚓腫れ複数、頭の弱そうなガキ。
何でこいつとセックスしなくちゃならねーんだよ。
「かわいいだろ?」
ベッド隣に設置されたソファに座った比佐は、コーヒーチェーン店で買ってきたサンドイッチを食べながら、言う。
会社帰り、ワイシャツにネクタイを緩めた格好で、遅い軽めの夕食をとっていた。
「……これ、何?」
「それね、奴隷」
それ、いい年した既婚の男が言う台詞か?
今朝、幼稚園児の我が子を抱っこして「今度の土曜日は水族館でラッコさんいっぱい見よう」とかほざいていた父親の言う台詞か?
ばかみたい。
「馬鹿じゃねぇの」
「っぁっぁぁっぁんっぁんっ」
「イタイコト、好きなんだって。フィストもいいってよ」
「死ね、クズ」
「やぁぁんっっしんじゃうっ」
「ふふ、水月、盛ってる雄猫みたい」
駄猫にぴったりのダッチワイフ、それ、あげるよ。
俺のお古だけど。
「……誰が受け取るか、あんたの精液塗れのお下がりなんか」
死んでもいらない。
私立大擁する医歯薬学総合研究科の病理学教室に技能補佐員として水月は勤めていた。
「水月さーん」
昼食のためカフェテリアへ向かっていた水月は振り返った。
ピアスだらけの黒髪少年が、そこに、いた。
少年はそこの学生というわけではなかった。
今はパーカーのフードを被り、細身のスキニー、ミリタリー調のブーツ、軽薄そうな顔立ちに長い前髪。
キャンパスでたまに見かけるような出で立ちではある。
「比佐さんに聞いたの。携帯とか、ここの場所とか」
「それでいきなり職場に突撃訪問するのかよ」
カフェテリアの出入り口にあるコートハンガーに白衣を引っ掛け、窓際のテーブルで定食を食べながら、水月は斜め前に座る少年を横目で睨んだ。
「ごめんなさーい、いても立ってもいられなくなっちゃって」
こいつ、やっぱり頭弱くて、とてつもなく面倒そうだな。
比佐、あのクソヤロウ、厄介なモン押しつけてきやがった。
「ただ、住んでるトコだけは教えてくれなくって」
比佐は水月と同じマンションに住んでいる。
水月は舌打ちし、グラスの水を飲むと、はっきり告げた。
「俺はペットもストーカーもいらない」
「セフレはだめ?」
「いらない」
「水月さんも比佐さんの家畜なの?」
ああ、本当にクソ面倒くさい。
「どうやって比佐さんと出会ったの?」
「屈服させたいよ、その目」
男はマンションのエレベーターで朝よく一緒になる幼稚園児を抱っこした父親だった。
深夜、偶然、またエレベーターで一緒になった水月に彼はまずこう言った。
「朝、いつもうるさくてしてすみません」と。
実験試料の樹脂包埋作業のため研究室に居残っていた水月は、返事をするのも億劫で、無言で隅に突っ立っていた。
残業続きで溜まったストレスを発散するため、適当な関係の男と出来合いの逢瀬を済ませたばかりでもあった。
帰ったらすぐ寝よう、そんなことをとりとめもなく考え、二つのボタンが点灯するフロアパネルを意味もなく眺めていた。
「お風呂上がりですか?」
ホテルでシャワーを済ませてきた水月に男は問いかけてくる。
束の間の密室、背後からは煙草と酒の匂いが不快なほどにしていた。
チン
エレベーターが最初のフロアに到着し、水月は無言のまま自室へ向かおうと足を踏み出す。
その時、男は、言ったのだ。
水月は通路で振り返った。
扉が閉まる間際、笑う男が胸元で手を振るのが見えた……。
仕事を終えて大学を後にしようとしたら正門でしゃがんでいた少年に水月は呼び止められた。
自宅のマンションまでついてこられるのも癪なので、ファミレスに入り、最高に気乗りしない早目の夕食をとることにした。
「このピアス全部、比佐さんに開けてもらって」
「僕、比佐さんとか水月さんみたいな、キレイ系の人に嬲られるの、好きなの」
「パパがデブで臭くてハゲだから」
「パパって、僕を養子にしてくれた人なんだけど」
「パパって、一晩中僕のあれしゃぶって、おしっこ飲んで、喜ぶの」
水月の肌は相変わらず低温のままだ、いや、むしろどんどん冷えていく。
「また……昨日みたいにしたいな、僕……三人で……」
サンドイッチを食べてコーヒーを飲み終えた比佐はしばしソファから大画面のテレビニュースを眺め、休憩していた。
欠伸を一つ洩らしてふぅっとため息をつく。
そして、おもむろに腰を上げると、ベッドに乗り上がった。
「……う、あ」
水月はギクリとした。
迫り来る肉体の絶頂に意識が傾く余り、蔑ろにしていた存在がいきなり背後へ密着したかと思うと、揺れ動く腰を掴んできたからだ。
「ちょっと動くの止めて、水月?」
微笑交じりにそう囁いて、掌に吐き捨てた唾液を勃起していた自身に馴染ませると。
少年に挿入している水月を一気に貫いた。
「ひぁぁぁぁあっっ」
悲鳴を上げたのは少年だった。
水月は、悲鳴さえ上げられなかった。
瞬く間に背筋を強張らせて酸欠状態さながらに唇をひくつかせる。
「……すごいな、いつもよりきつい」
「あ、あ、あ」
「水月、処女みたい」
俺が犯して奪ってあげる。
「僕、パパに嫌われたいの」
「幻滅されたいの」
「それなのに愛される」
「慣れてないから、愛されるの、怖い」
水族館に鮫はいるだろうか。
鮫の水槽に落ちて喰い千切られて骨まで噛み砕かれればいい、あのクソヤロウ。
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