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SはSを愛す-5

「昔見た映画で結構好きなのがあってさ」 湿った曇天。 鈍い日の光が地上に重くのしかかる。 そんな憂鬱な朝。 捩れたベッドの上で気だるそうに水月は瞬きする。 冷ややかな空気に直に触れている肌には欲情の痕跡が至るところに散りばめられていた。 そこはとある避暑地に連なる貸別荘のうちの一つだった。 清潔感ある白い壁、藍色のカーテン、寝室の出窓向こうは深い雑木林に閉ざされている。 『お前、明日、休みだったよね?』 昨日の昼、車中で比佐に問いかけられて億劫そうに水月が頷けば。 何の説明もなしにここへ連れてこられた。 数時間のドライブ、荷物もなく、高揚感もまるでなく、助手席で刺々しい思いばかりを増幅させて、灰色から緑に緩やかに変わっていく景色を水月は褪せた眼差しで眺めていた。 拉致られた。 宿泊先は手配済みだったのだろう。 どうせ休みじゃなかったとしてもこの馬鹿げた一泊旅行は敢行されたに違いない。 一日くらい休めるだろ、そんな軽い一言で。 「死ね」という言葉も出ないくらいに水月は比佐を鬱陶しく感じた。 道中、ガソリンスタンドやコンビニに立ち寄って、目的地に到着したのは夕暮れだった。 瀟洒な造りの貸別荘に入るなりセックスに流れ込んだ。 長時間の運転で疲労するどころか、むしろいつになく冴えた五感を持て余し気味に、比佐は水月を虐げ可愛がった。 一段落つくとコンビニで買ってきた食事をミネラルウォーターで流し込んで、また再開して、それぞれシャワーで汗と体液を流すと、所構わずまた再開して。 「もっと鳴いてみてよ、駄猫ちゃん?」 このクソ絶倫男、殺して埋めてやりたい。 そうして朝を迎えた二人。 束の間の仮眠をとっていた比佐がベッドの横からいなくなり、水月は、やっと心から一息ついた。 天敵が隣にいることで当然一睡もしておらず、比佐の温もりが刻まれていない端へできる限り身を寄せて、綺麗なままのシーツに額を埋める。 寝たい。 少しでもいいから、疲れ切った体を、逆撫でされっぱなしの神経を休めたい。 が、水月の願いは脆くも崩れ去る。 「昔見た映画で結構好きなのがあってさ」 家族には出張という体で出てきた比佐。 昨日と同じワイシャツを羽織り、下はスラックスという格好で、片手にグラスを持って彼は寝室に戻ってきた。 「女優が美人でさ、なんて名前だったかな。水月、知らない?」 「……」 「ていうか、映画のタイトルもど忘れした」 「……」 「俺ももう年だね」 散々喘がされて喉が嗄れている水月は比佐に背を向けて拒絶感を剥き出しにしている。 「喉、渇いただろ、水月?」 シャワー後も汗をかくだけかいた体は当然水分を欲していた。 忌々しいながらも欲求を我慢できずに、水月は、背後へ視線を投げつける。 比佐はグラスに入っていた氷の一つを差し出していた。 水じゃないのかと、むっとしたが、止む無く掌で受け取ろうとすれば。 「こら、違うだろ、口でとれよ」 駄猫らしくさ? 普段の水月なら腹立たしさが勝って再び顔を背けていただろう。 睡眠もとっておらず、体の奥底まで一晩中虐げられて疲れ果てた今の水月は、弱っていた。 比佐に言われた通りに長い指先から口で受け取ろうとしたら悪戯にひょいっと氷を上へ移動させられた。 さすがに弱っていた水月もこれには激昂した。 気性の激しい猫さながらに噛みつく勢いで比佐の指から氷を分捕った。 「いて」 水月は「ざまみろ」とでも言いたげな目つきで指を押さえる比佐を見、口の中で氷を転がした。 冷たい舌触りが心地いい。 ひっつかないよう、なるべく唾液を纏わせて、乾いていた口内を潤す。 「……躾がなってないなぁ、雌豚以下の水月は」 自分は氷水で喉を十分に潤すと、比佐は、ベッドに這い上がってきた。 距離をとろうとする水月を無理矢理シーツに縫い止めて、弱った体による抵抗を簡単に捩じ伏せ、ふわりとした羽毛布団を足元に追いやってしまう。 しなやかな裸体を組み敷いた比佐は水月の口内に指を突っ込んだ。 「こういう映画だったんだよ」 与えた氷を今度は奪い取る。 噛みつきたくなる首筋に濡れた氷を宛がい、つぅぅ、と肌に沿って伝い下ろしていく。 水月はぞくりと鳥肌を立てた。 疎ましげに睨み上げれば当の天敵は満足そうに笑んでいた。 「氷で愛撫、悪くなさそうだな」 滑る氷を乳首の縁に押し当ててくる。 ぬるりと焦らすように一周させて、丸みを帯びつつある角で、突起の天辺をなぞってくる。 「……やめ……離せ……」 「ん? 乳首、勃ってるけど?」 骨張った長い指で氷を摘まみ、緩々と押しつけてくる。 熱持つ肌の上でゆっくり溶けていき、小さくなれば、比佐は冷たい欠片を水月の口内に戻した。 新たな氷を次は自分の口にグラスから含む。 舐めながら、頭を低くし、水月の肌に口づける。 それはそれは冷たいキスを満遍なく注いだ。 「ん……っ」 水月は口内に戻されていた氷を思わず飲み込んだ。 喉の蠢きでそれを察した比佐は身を起こし、口移しで、新しい氷を水月の唇奥へと押しやる。 歯列にぶつかってはカチカチと口腔で音が鳴った。 腹が立って舌で突っ返そうとすれば、また、押し込まれる。 冷えた唾液が下顎へと溢れ落ちていく。 「ほら、起きてから何も食ってないだろ?」 最高に下卑た思惑を脳内に孕んで比佐は膝立ちになった。 水月の髪を掴んで引っ張り上げ、片手でスラックスのホックとファスナーを速やかに蔑ろにし、熱源を取り出す。 「ほら、お前の好物やるから」 水月は上目遣いに天敵を睨み上げた。 殺意を紛らわせるように氷を噛み砕き、噛みつく勢いで、比佐のペニスを躊躇なくくわえ込んだ。 「は……っつめた……」 水月の乱暴なアイシングに比佐は眉根を寄せて苦笑した。 今ここで口の中の男性器を不能にするなんて容易いことだ。 いつだって簡単に致命傷を狙わせてくれる、本当、馬鹿な男。 「……何考えてんの、水月?」 比佐の問いかけを水月は当然の如く無視した。

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