113 / 259

SはSを愛す-オマケ1

【S×Sのエイプリルフール】 「愛してるよ、水月」 比佐は優しげに笑って愛を囁く。 「俺も大好き」 水月は甘えた眼差しで嬉しそうに微笑む。 「じゃあさ、俺のどこを愛してるか、教えて?」 「ん? そうだな、頭、よさそうなところ?」 「他は?」 「白衣が似合いそうなところ?」 (クソバカみたいな答え出しやがって、低脳が、語彙がまるで足りてねぇんだよ) 「水月は俺のどういうところが大好きなの?」 「うん、毎朝娘を抱っこして、幼稚園に送ってあげる、優しいとこかな」 (よく言うよ、足が当たれば舌打ちしかねない顔、するくせに) 「俺、このピアスも気に入ってるよ」 (なんなら耳たぶごと千切りとってお前に送りつけてやりたいくらいにな) 「へぇ。じゃあ、また開けてあげようか」 (今度は舌もいいかもな、安全ピン、ぐさっと突き刺してやりたいよ) 「わぁ、楽しみ」 (バカが、次はそっちの番だよ、背中、剃刀で血塗れにして、猥語の血文字だらけにしてやる) 「ああ、本当に可愛いよ、水月、ずっと俺だけのペ……恋人でいてくれよ」 (今、ペットって言おうとしただろ、バーカ) 比佐はおもむろに水月にキスをした。 従順なペットのように水月は受け入れる。 今日は腐りきった欲望を腹の底に押し留めて、ただ、二人は甘いキスを。 恥知らずな嬌声も憚らずベッドの上を甘ったるい嘘で塗り潰した。 【SからSへの贈り物】 普段、ことが終われば水月と比佐はさっさとホテルを後にする。 が、この夏日、夜になっても気温は高く蒸し暑い。 その夜、水月はシャワーを浴び、水風呂に浸かっていた。 肌にくっついていた比佐の体液を洗い流して、冷たい水に浸かっているのは、とても心地よかった。 冬でさえ長風呂しない水月が珍しくバスタブの中でまどろんでいたら。 「お。水死体を発見」 ベッドでだらけていたはずの比佐がバスルームにやってきたので、双眸をうっすら開き、水月は比佐を鬱陶しげに見やった。 「なーんだ、生きてた」 「……」 「それ、もしかして水風呂? さすが低体温」 ワイシャツの袖を捲り、スラックスの裾を折った裸足の比佐、バスタブの縁に腰掛けると背中越しに水月を見下ろしてきた。 「お前、夏とかどうするの。どこか遠出するの?」 「……」 「俺はね、娘が沖縄の水族館に行きたいって言うから、あの有名な? それで夏期休暇ほぼ使っちゃうんだよな」 「……」 「この暑い中、沖縄だよ? やばいよな」 ハブに噛まれて死ね、と水月は思った。 比佐に背中を向けるようにバスタブの水中で気だるそうに寝返りを打ち、目を瞑る。 比佐の視界には水に濡れた水月のさも冷たそうな肩が写った。 戯れに撫でてやれば、肩越しに、半開きの眼で睨まれた。 「俺とお前でどこか行こうか」 「……」 「素泊まりで一泊くらいして、さ」 そう言いながら比佐はスラックスのポケットから何かを取り出した。 掌に乗せて、まだ睨んでいる水月の方へ、掲げてみせる。 「ほら、夏仕様」 比佐の掌には片耳用のピアスが三つ転がっていた。 「店員に聞いたらさ、今はこれがイチオシなんだって、ターコイズっていうの?」 そう言って、ブルーの色味が目を引くピアスを指先で転がす。 水月は馬鹿馬鹿しそうな眼差しでそれを眺める。 「ほら、やるよ、お手は?」 「……」 「聞こえてる、駄猫ちゃん?」 水月はそっぽを向いた。 比佐は笑う。 上に向けていた掌を下にして。 ピアスは音もなくバスタブの底にゆっくりと沈んだ。 実験台で光学顕微鏡を覗き込む水月の片耳ピアスが今までとは違う新品に変わっているのに目敏く気がついた実験助手の瀬上は、思った。 自分でピアスを選んで買うとはとても思えない水月君のあれはきっと誰かからの贈り物だろう。 体を貫通する付属品、それを選ぶ権利のある誰かはきっと水月君の心を得ているのだろう、と、心底羨んだのだった。 【軽薄なSとS】 手元が狂ってしまった。 途端に指先に滲む、赤い血。 不愉快な痛みがじわりと生まれる。 「……クソ」 常にブラインドの下げられた実験室の片隅でレンズを覗き込んでいた水月は一人ぼそりと呟いた。 病理学教室の技能補佐員である水月の仕事の一つに試料作製というものがある。 電子顕微鏡での観察を目的としたサンプル、その試料を包埋した樹脂カプセルをミクロトームという器具にとりつけ、自分である程度トリミングしてからオートで薄切し、グリッドと呼ばれる小さな円形の金網に移していくという、長時間レンズを覗いていなければならない根詰める作業だ。 自分でトリミングする際には片刃カミソリを使用する。 その最中、つい、指先を傷つけてしまった。 大した傷ではなく作業を続行し、オートに切り替えて器具任せにすると、イスの背もたれをギシッと軋ませてずっと屈めていた背中を伸ばした。 あまり大きな動作をすると振動が伝わって薄切にズレが生じる。 器具の設置されたテーブルからやや距離をおき、試料作製にその他必要なガラスナイフやシャーレなどが置かれた反対側のテーブルに身を傾けた。 小さな裂け目にたっぷり満ちた赤。 地味に痛い。 電子顕微鏡で撮影した写真の現像も担当するため、定着液などで汚れた白衣に片手を突っ込み、水月は思う。 あのクソヤロウのせいだ。 自分に何か不都合なことがあると水月はすぐ「あのクソヤロウ」こと比佐に責任転嫁する。 その日、比佐は海外ブランドの直営店でわざわざ買ってきたばかりの新品のマニキュアを水月の爪に施した。 背広を脱いでネクタイを緩め、軽薄な部屋の軽薄なベッドで水月と向かい合って座り、一本ずつ丁寧に深みのある紅を重ねていく。 自分にとっては死ぬほどくだらない戯れを水月は冷めた眼差しで見下ろしていた。 「あ、傷がある」 「……」 「ドジだねぇ、マヌケ。集中力ないんだ、水月は」 「……」 「今日、つけたやつかぁ。瘡蓋にもなってないし。瘡蓋ができ始めたら見た目汚くなるし、傷ついた瞬間が綺麗に見えるよね、傷口って」 なにいってんだ、こいつ。 ばかじゃねぇの。 全身が汗にしっとり濡れた水月を欲望のままに揺らしながら。 比佐は気怠そうな眼差しで眺めていた。 引き裂く勢いでシーツに爪を立てた水月の白い手、その、それぞれが真っ赤に濡れた五指を。 煽られる。 ずっとこいつとセックスしていたい。 癖のないストレートの髪に鼻先を沈め、うなじに舌先を這わせ、発熱しきった下半身で奥の奥まで欲深く虐げる。 途切れがちな微かな断末魔に鼓膜でさえ蕩けそうなくらい感じている。 肉にめり込んだ肉塊は尚更だ。 水月の血に見立てたマニキュアの深紅に比佐は口づけを。 【SとSのカレーライス】 「水月、カレーつくって」 久し振りに超過勤務もなしに研究室から速やかに帰宅し、夕食の準備もさぼって部屋でぼんやりしていた水月の元へ比佐は唐突にやってきた。 自分が理想とするカレーの具材が入ったスーパーのレジ袋を片手に提げて。 「……俺はあんたの奴隷じゃない」 「いてくれてよかった、ま、いなかったらウチに持って帰るだけだったけど」 苛立ちで声を震わせる水月の台詞を華麗にスルーした比佐、会社帰りのスーツ姿でずかずか中へ上がり込んでくる。 ウチの味つけ、子供に合わせて甘口なんだよ。 どっちかって言うと、俺、中辛がいいわけ。 まぁ甘口も食えないことないんだけどね。 キッチンのカウンターにカレールーやらニンジンやら鶏肉のパックを勝手に広げていく比佐に、一瞬、水月の脳裏を包丁で刺してやろうかという猛烈な殺意が掠めた。 深呼吸して、とりあえず、むかつく胸を落ち着かせる。 「あ、飯いらないってメールしなきゃ、じゃ、頼むね、水月」 背広を脱いでネクタイを緩めた比佐はさっきまで水月が座っていたソファに落ち着いた。 ……今から研究室に戻ってシアン化合物取りに行こうか。 水月は二時間足らずでカレーをつくった。 深皿にご飯を盛って、ルーをかけ、テーブルに置く。 「いただきます」 比佐は礼もなしにカレーを食べた。 水月は無言で久し振りにつくったカレーライスを口に運ぶ。 嫌な一致というか、普段自分が使う中辛のルー、肉はチキンだけ、じゃがいもはいれない、つまり自分がいつもつくるものとほぼ同じカレーが出来上がっていた。 「お代わり」 「…………」 「じゃあ、これ、もらお」 比佐は水月の食べかけの皿をさっと手元に引き寄せると平然と食べ始めた。 なにこいつ、本当、死ねばいいのに。 とりあえず舌打ちだけはした水月、カレーを注ぎにキッチンへ戻った。 鍋底に沈んだチキンをとろうとおたまでむやみやたらに掻き回していたら。 「カレーとセックスの組み合わせって最強だよね、水月?」 いつの間に背後にやってきていた比佐の不穏な囁きが水月の鼓膜を犯した。 「パパー。花梨、カレー食べたい」 腕の中のふんわりした我が子がそんな言葉を発した瞬間。 狭いエレベーターの中、角に突っ立っていた水月の背中がぶるっと逆立った。 比佐は笑いを噛み殺す。 「ママに言おうね。でもパパ、今夜は違うものがいいな」 カレーは昨日食べたから。 二日連続同じものって、飽きるでしょ? でも不思議なことに水月は何度連続したっておいしく食べられるんだよね。 ねぇ、俺だけの駄猫ちゃん?

ともだちにシェアしよう!