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白衣なアルデヒド系/ヤンデレ助手×メンヘラ教授

葛西(かさい)は人の脳の重さを知っている。 数値として知っているのではない。 実際にその手にして、その質感を掌で知っている。 葛西は私立大学に属する法医学教室の技能補佐員を務めていた。 法医学教室が基礎研究棟七階フロアに複数持つ実験室の一つに一人で籠もり、様々な実験器具や試薬に囲まれて、サンプル包埋・薄切・染色などの作業を日々こなしている。 実験室に籠もりっぱなしの時もあれば、基礎研究棟と隣接している解剖棟で作業することもある。 県警・海保から司法解剖・検死の依頼が教室に来ると、解剖棟の中枢である解剖室で遺体の解剖・切り出しなどを行うのだが、その手伝いも任される。 本日午後に十体分の切り出しが行われるため午前中に下準備。 切り出しとは、すでに解剖が済んで摘出され、解剖棟に備わる冷凍室でホルマリン固定されている臓器からサンプルとなる組織片を切り出す工程を指す。 ホルマリン固定液の補充、撮影カメラの準備、L字型の解剖台に切り出しボード(まな板)を取り付けたりと、葛西は一人で黙々と準備を進める。 換気のため暖房をつけている。 割と広い室内に空調の音がゴゥゴゥ鳴り響いている。 刺激性が強いホルムアルデヒド対策のためマスク、エプロンじみた保護衣、長靴にゴム手袋を身に着けており、外見がわかりづらい二十代前半の葛西、速やかに潤滑に作業を続ける。 次は冷凍庫から十体分の臓器を運ぶ作業だ。 一端解剖室を出、自動扉をOFFにして開けっ放しにし、ひんやり冷たい通路を大股で数歩進んで、冷凍室へ。 明かりを点ければ蓋つき容器にホルマリン漬けされた臓器がずらりと並んでいる。 一人につきb(体)とB(脳)がそれぞれ摘出されている。 見てくれがいくら違おうと中身は同じ。 開いてしまえば、もう区別がつかない、医学知識のない素人目には。 名前が書かれていなければ誰が誰だか。 医学部出身ではない、高卒の葛西は、この冷凍室に来ると見知らぬ人々の臓器を前にして時々佇んでしまうことがある。 容赦ない冷気に促されると我に返ったように、切り出しに必要な分を抱え、台車に乗せ始めた。 Bはそうでもないがbは重たいから苦労する……。 昼の一時過ぎから切り出しは開始される。 院生三人と、海保から研修に来ている一人と、講師が一人と、助教が一人と、教授がやってくる。 「教授、次こそ飲み連れてってくださいよ」 「やだ。俺、お前のこと嫌いだもん」

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