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いろいろツイてるリーマン彼氏-7
月曜日、朝。
「ふわぁ~よく寝た~!」
何とも清々しい目覚めを迎えた薫。
快適な広さのワンルーム、まぁまぁそれなりに片づけられた部屋、すぐさまカーテンを開いて朝日を浴びつつ思いきり背伸びをする。
「おはよう、芳近クン」
恋人バカの薫、そばにいない芳近の名を呼んで一人満面の笑みを浮かべるのが朝の日課であった。
昨日、芳近クンは言ってくれたんだ。
『いつかちゃんと……』
夜は出前をとって、俺は海鮮丼、芳近クンはたぬきうどん、一緒にゆっくり食べて。
九時前に帰ろうとした俺に、玄関で、ちょっと恥ずかしそうにして、でも目と目を合わせて。
『薫に捧げたいって思ってる』
もうもうもうもう。
芳近クン、古風なんだから、かわいいんだから、かっこいいんだから。
君にはほんと敵わないよ!!
今日、一緒にお昼食べようね!! おそばでもラーメンでもファミレスでもいいからね!!
って、あれ、芳近クンまだ来てない……?
「今日は尾野が休みだ、体調不良だと連絡があった」
グループ毎の朝礼で直属上司のリーダーが本日の予定を述べる中、他のスタッフ共々起立していた薫は慌てて振り返った。
同じフロアではあるが別グループを挟んで離れた席、いつも背筋をすっと伸ばして立っている芳近の後ろ姿は……確かになかった。
いくらメールを送っても既読すらつかず。
こまめに電話をかけても繋がらず。
「芳近クン、どうしたの? 大丈夫? 俺、昨日あんまりにもあんまりだった……?」
何度か留守電で呼びかけ、何一つ反応してくれない恋人が心配でその日の薫は仕事が手につかなかった……かと思いきや。
彼は残業も含めて滞りなくミスもなく一日の業務をやり遂げた。
『どんな小さな仕事でも。一つ一つに責任を持たないとな』
生真面目な芳近を見習って、心配や不安を押し殺して、まだちらほら残っていたスタッフに挨拶して退社すると。
正しく猛ダッシュで徒歩圏内にある芳近のマンションへ直行した。
「今のイケメン、速ッ」
「コートにスーツであの速さ?」
繁華街で人波を擦り抜け、複数の女子のハートを我知らず射抜いて、アスファルトを革靴でリズミカルに鳴らして恋人の元へ。
「芳近クン、どうしたの、一体何があったの」
オートロックが開錠された時点で本人の無事がやっと確認でき、一安心しつつも、何も声を発さなかった芳近に不安は拭いきれず。
会社の親睦マラソン大会よりも全力で走って息を切らしていた薫は、エレベーターの扉が全開になる前に足早に降り、彼の部屋のチャイムを一度鳴らして。
今日やっと会うことができた芳近をぎゅっと抱きしめた。
「芳近クン」
チェック柄のパジャマにカーディガンを羽織っていた芳近は、頼もしい両腕に囲われて、早鐘のように打っている薫の心臓の鼓動をコートの向こうに聞いた。
「大丈夫……?」
ブランド物の通勤鞄を手放して自分を抱きしめる薫に彼は答える。
「大丈夫じゃない」
ちっとも何一つ大丈夫なんかじゃないんだ、薫。
「き……きたんだ、アレが」
薫は顔色がどえらく悪い芳近を間近に覗き込んだ。
「来た? 何が? 誰が来たの!?」
「違う、そうじゃない」
「え? 何? ちゃんと説明しようっ? 何が来たの、ていうかすごく顔色悪いよ、来たって、もしかしてウィルスのこと? 芳近クン、インフルなの? それとも、まさか昨日のうどんがあたってノロとか、」
「生理が来たんだ」
薫は目をパチクリさせた。
今日一日寸でのところで踏ん張り続けていた芳近を今一度じっと見つめ、問いかけた。
「お赤飯買ってくる?」
「いらないッッッ」
end
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