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閉鎖症候群ロマンス/二重人格×精神科医

田舎町の外れ、連なる山影に呑まれるようにしてひっそり佇む小栗(コクリ)療養所。 施設裏手には鉄条網越しに雑木林が広がり、その向こうは海。 淡く霞む水平線。 生温く錆びついた潮風が空気を舐めるように虚ろに吹き抜けていく。 昼下がり、曇天、その日の海は凪いでいた。 「ある日、うさぎときつねとさるが、おじいさんと出会いました」 小栗療養所の中庭にて、こがね色に色づいたイチョウがはらり、はらりと風もないのに舞い落ちる。 「おじいさんはとても疲れていて、弱っていました」 たった一つしかないベンチでは眼帯をつけた少女がお揃いの手作り眼帯を施したフランス人形とおしゃべりしている。 「うさぎときつねとさるは、弱ったおじいさんのために、食べ物を探しに出かけました」 職員に付き添われて外の空気を吸いに出た別の少女は車椅子の上でうとうと転寝中。 「きつねとさるは食べ物を見つけることができました、でも、うさぎは何も見つけることができませんでした」 白衣の裾を広げて芝生に座り込み、どこかで聞いたことがある話をしているのは、小栗静架(コクリシズカ)。 この小栗療養所院長の長男だ。 物静かな雰囲気で、聞き心地のいい柔らかな声、冬枯れ間近の秋の野に容易く溶け込めそうな、今にも掠れてしまいそうな薄倖たる存在感。 「そうして、うさぎは、おじいさんのために」 彼の話をすぐそばで寝そべって聞いているのは十朗(ジュウロウ)という名の収容患者。 「火の中に自ら飛び込んで、そのからだを命ごと、捧げました」 ここから遠く遠く離れた地に根付く然る一族先代名士の落とし胤。 少年の母は海の底で静かな眠りについている。 「うさぎは死んだの、先生?」 十五歳である十朗のこどもじみた問いかけに静架はそっと微笑んだ。 「うさぎは月から私達を見守っていますよ」

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