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眠らずの君に螺旋の赤い糸/ざしきわらし男子×妻子持ち
彼の蝋色の手が悠久 の頬をなぞった。
「あたたかい」
微熱に混じりゆく指先の冷たい温もり。
まるで定められた運命であるかのように、そっと、悠久は目を閉じた。
十二月下旬、悠久は前々から計画していた温泉旅行へ家族と共に愛車で出かけた。
それが。
国道の峠道で土砂崩れが発生し、通行止め、復旧は数時間で済むような程度のものではなく付近一体は渋滞に巻き込まれた。
奥まった温泉街を目的地として予め決めていたルートが断たれた。
ナビで他の経路を確認しても空路といった的外れな結果しか出てこない。
助手席ですっかり意気消沈している妻、後部座席で愚図り始めた幼い娘。
悠久だけは笑顔のままハンドルを切ってそんな二人に穏やかに言う。
「崖崩れに巻き込まれなくてよかった。ケガ人も出なかったみたいだし、きっとみんな運がよかったんだね」
悠久は辿り着けそうにない旅館にキャンセルの連絡をいれると今日泊まるところを探すことにした。
しかし麓の温泉地を回っても、ビジネスも、どこもすでに満室、情報誌に載っていた近場の旅館にも虱潰しに連絡してみたがやはり回答はどこも同じ。
「みんな同じ考えなんだなぁ……」
のほほんとしている三十路の悠久、二十代の妻に文句を言われて肩を竦め、さてどうしようかなぁと不慣れな土地を当てもなくセダンで彷徨っていたら。
悠久は出会った。
宿や土産屋が軒を連ねる本通りから細い小道に適当に入り、竹林に挟まれた緑深い一本道をしばらく進んだ先に。
鬱蒼と生い茂る木々に守られるようにして、それは、その旅館はあったのだ。
おばけやしき、と妻と娘は呟いた。
確かにその通り、かもしれない。
夕闇迫る人里外れに古めかしい木造旅館、不謹慎な言い方だが、火の用心を怠れば一夜にして燃え尽きてしまいそうな。
嫌がる二人を車に残して悠久は四階建ての旅館へ。
段差を上がり、提灯が吊るされた趣ある玄関のガラス戸越しに中を窺ってみる。
昔ながらの外観と同じく木造の暖かみに満ちた古風で重厚な内装。
間接照明が灯す橙の明かりの中、スリッパをせっせと並べていた番頭らしき法被を羽織った従業員がすぐに悠久に気がついた。
「お客様?」
「あ、すみません、予約していないんですけど、空いているお部屋って……」
「あー峠で事故がありましたもんね」
「ええ」
「昨日まで雨が続いていましてねぇ、緩くなっちゃっていたんでしょうねぇ、土」
「ああ、土が」
「まぁ、ケガされた方がいらっしゃらなくて何よりでした」
「本当ですね」
「では、おひとり様で?」
「あ! お部屋空いてますか?」
法被を羽織った狐目の番頭はにっこり笑った。
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