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眠らずの君に螺旋の赤い糸-2
番頭に部屋へ案内されているときのことだった。
ぺたぺたぺたぺた
悠久は後ろ髪引かれるように振り返ると裸足で階段を下りていく彼を見た。
小さな男の子だ。
幼稚園か、小学校に入学したばかりの年齢か。
真っ黒な髪で、蝋と同じ色をした肌で、浴衣に裸足。
隙間風が行き来する館内でやたら薄着の男の子に悠久は思わず声をかけていた。
「寒くない?」
すると。
男の子は顔を傾けたものの振り返ることはせず、長い睫毛の余韻だけ悠久の視界にちらつかせて、再びぺたぺたと階段を下りていった。
「お客様ー?」
「あ、すみません」
先頭に立っていた番頭に呼び掛けられ、悠久は慌てて娘の手を引く妻の横に並んで。
もう一度振り返ってみれば彼の姿はもうどこにもなかった。
最初は浮かない表情の家族だったが心のこもったおもてなし、美味しい食事、かけ流しの温泉に次第に不満は解消されていったようだ、今は雪がちらつき始めた窓の外を母子いっしょに楽しげに眺めている。
しかし今度は悠久の様子にどこか落ち着きがない。
そう、彼は複雑に入り組んだ階段の途中で擦れ違ったあの子供が何故だか気にかかっていて。
近くに親はいないみたいだった。
まだあんなに小さいのに一人で歩き回って、旅館のどこかで迷子になっていないだろうか。
風邪を引いたりしないだろうか。
そう、悠久はいわゆるお人よし、というやつだった。
それは美点でもあるし。
時に大切なものを失うかもしれない引き鉄にも成り得る。
零時近くの真夜中だった。
布団の敷かれた和室、明かりが消されて薄暗い中、悠久はおもむろに起き上がると寝床から這い出、立ち上がった。
気配に目が覚めた妻にどこへ行くのかと尋ねられて、彼女の腕の中で眠る娘を起こさないよう、小声で答える。
「お風呂。眠れなくて」
「そう……気を付けてね」
気を付けてね。
タオルだけ持って三階から一階のお風呂へ悠久は進む。
照明が最低限まで落とされて薄明るい館内。入り組んだ階段を上ったり下ったり。
大人の僕でも迷子になりそうだ。
それにしても静かだな。
そういえば僕達以外に客はいただろうか?
あの番頭さん以外、誰ともすれ違っていないような。
いや、違う、あの子がいた。
「あ」
彼のことを思い出していた矢先に。
下から階段を上ってくる彼が悠久の視界にゆっくりと写り込んだ。
やはり周囲に家族はいない、裸足で、ぺたぺた、ぺたぺた。
後少しで擦れ違うところまでやってきた。
「こんばんは」
今度は擦れ違う前に悠久は声をかけた。
「君、一人? もうこんな夜遅いのに一人で大丈夫?」
笑顔を浮かべてそう問いかけた悠久だが、いざ少年と間近に向かい合って「あれ?」と内心驚いた。
違う、小さな子供じゃない。
僕より少し身長が低いくらいで、多分、中学生か高校生だ。
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