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貴方のために奏でましょう-3

「去年の夏、都心にある小学校の生徒が自殺したの、ご存知でしょうか? 学校の教室の窓から、授業中、飛び降りたっていう……テレビでも結構取沙汰された……引き出しの中には遺書がありましてね。自分をいじめた生徒の名前がずらっと書かれてあって……その加害者生徒の一人のね、親なんですよ、私。もう参りましたよ、本当……いえ、亡くなった子には本当、申し訳ないですけどね。ただ、週刊誌でもネットでも叩かれて叩かれて……職場でも冷たい目で見られて……挙句の果て、肩叩きですよ。退職勧奨ってやつです。今は何とか清掃会社に勤めてはいますがね……娘は実家の田舎に転校させて、妻は疲労で入院して……ちょっと、精神にもきちゃいましてね……私もギリギリのところでもってる感じですが……酒にね、頼ってしまって……とにかくストレス解消させたくてギャンブルにも手を出して……消費者金融に次々借金しましてね、返済のために借金する、その繰り返しで……いっそ空き巣か強盗でもやって、捕まって、壁の中でゆっくり生活した方がいいのかな、って思う時期もありましたが……」 ねぇ、先生。 私、何とかなりますかね? 扉を開けると賑やかなテレビの音声が聞こえてきた。 磨かれた革靴を脱いで薄暗い通路を歩み、リビングのドアを開くと、目に飛び込んできたのは色とりどりの電飾がチカチカと点灯するクリスマスツリー。 リボン、カラーボール、ベルやプレゼントなどのデコレーションがとても華やかだ。 天辺にはシルバーのお星様が飾り付けされてあった。 「おかえりなさい」 ツリーのそばにぺたりと座り、白い綿を千切っていた稜は、帰ってきた男に声をかけた。 「まだまだ先だけど、もう出しちゃった。ちゃんと組み立てられたよ。すごいでしょ」 通販で注文して先日届いた、百五十センチのツリーに千切った綿を乗せていく。 それはまるで雪を纏ったような。 「お星様、ずれてない? もうちょっと右がいいかな」 稜がやってくるまで、この部屋は、沈黙と虚無に巣食われていた。 生活感がまるでなく、空っぽの箱、いや、まるで檻のようだった。 「……、……さん、どうかした?」 快適な部屋の中、上質なスーツも脱がずにフロアへと横になった男は、稜の膝の上に頭を乗っけた。 豚さん。 そう呼んでほしい。 君の前では肩書きを全て無くした、ただの名無しの動物でいたい。 そう告げると稜はクスクス笑った。 「疲れちゃったんだ?」 細く長い指が男の黒髪を撫でる。 「豚さん、イイコ、イイコ……」 冷たかったフローリングにはラグを敷いた。 ピアノソナタを記憶するその指が暇を食らわぬよう、玩具のピアノを用意した。 かわいいと指差したぬいぐるみは大小問わず全てその場で購入した。 「ちょっと眠って、起きたら、ご飯一緒に食べようね」 バラエティ番組の音声を下げて、稜は男の頭をゆっくりと撫で続けた。 まるで小さな子供がいるような、少し散らかった部屋の片隅、稜の膝の上で男は手足を縮めて丸くなる。 母胎で眠る胎児さながらに安心しきったその様子に、稜は、長い睫毛を伏せて微笑んだ。 「ねぇ、俺は貴方に出会って、生まれ変わったんだよ」 豚さんもそうなの? そうだったら嬉しいな。 男は返事をしなかった。 あどけない寝息が聞こえてきて、稜は、微笑をより深くする。 いつ貴方にちゃんと伝えられるだろう。 たとえば特別な聖夜。 プレゼントと共に。 「俺を見つけてくれてありがとう」 end

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