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鬼さんこちら、私のそばへ-2
<百鬼夜行>を逃した討伐隊<戌>。
犠牲者を出さず、誰も重傷を負わずに済んだ、百の鬼相手としては上々な結果であった。
「弖羅隊長、怪我されて……?」
「舐めときゃ治る」
弖羅は本部<マヨヒガ>へ戻らなかった。
自宅に帰ると、隊と別れて一人去っていく彼の後ろ姿を、また命を救われた茉莉は……睨む。
礼も侘びも言わせずに、何のお咎めもなしに、あの二重人格隊長が。
このままのうのうと帰れるか。
「新人、最初の討伐はこんなものですよ」
「つーか初出動で百鬼なんてツイてねーな」
「あの二重人格サイコ野郎……弖羅隊長の自宅はどちらですか」
「「ええええ?」」
人影の果てた幽霊街寸前の薄汚れた街角。
吹き抜けの中心を螺旋階段が貫く古ぼけたアパートの一室。
二十九歳の弖羅はそこで一人で暮らしていた。
「弖羅隊長、茉莉です、顔を合わせてくれるまで帰りませんからね」
教えられた部屋番号の扉は不用心にも細く開かれていた、住人に腹が立っていた茉莉は一先ず声をかけ、いつまで経っても返事がないとわかると「失礼します」と中へ、恐ろしく生活感のない室内に思わず立ち尽くしていたら。
「どうして」
そんな呟きがすぐ背後で聞こえた、次の瞬間。
抱きすくめられて。
弖羅に口づけられた茉莉。
「お前が視界に入るだけで息が止まりそうになる」
「お前を喰いたくなるんだよ」
剥き出しの床に押し倒された茉莉は息の止まるような心地で真上に迫る弖羅を見上げていた。
真っ赤に染まった双眸。
先程、自分を殺そうと刃を振り翳した<百鬼夜行>と同じ目。
「隊長……これ、は……どういう」
「俺は鬼の血を引いてる、それだけの話だ」
いいえ、それだけの話、では片づけられません。
特殊高等警察、討伐部門、討伐隊<戌>部隊長の弖羅が鬼の血を引く?
俺を喰いたいだって?
「大江山の鬼は知ってるか」
「……もちろん、酒呑童子、鬼族の始祖でしょう」
俺は酒呑の直系だ。
「……そ、んなの……」
「嘘だと思いたいんなら思え」
弖羅は……ぎりぎり犬歯を歯軋りさせて真っ赤な目で茉莉を見下ろしていた。
どうして俺なのか。
どうして貴方が鬼の血を引くものなのか。
俺を助けた貴方が、どうして、父と母を殺めた鬼と同じものなのか……。
『次は俺が守る』
……いや、違う、同じじゃない。
『お前を喰いたくなるんだよ』
俺が彼を鬼族と同じものにしようとしている。
高潔で誰からも慕われる特高切っての英雄をこの俺自身が貶めている……。
どうして。いいえ。もう理由はいらない。
今度は俺が貴方を守る番です。
「食べていいですよ、弖羅隊長」
俺を食べ尽くして。
無きものにして。
そうして貴方は元の部隊長に戻ればいい。
「あ……ッぁぅ……ッ」
喰いたいって、まさか、コッチの意味だったんですか……。
先程と変わらず床に押し倒されたままの茉莉。
しかしその下半身は乱れていて。
弖羅の硬く屹立した熱源が……体の奥底にまで満ちていて。
キスされた時点で気づくべきだったか。
「あっあっ……ン……ッぅ」
……初めてなんですけど、俺、といいますか、まだ童貞なんですが。
……せめて優しくして頂けませんかね?
「い……ッた、ぃ……ッ」
容赦なく激しい突き上げに茉莉は全身を引き攣らせて呻吟していたのだが。
「茉莉」
初めて上官に名前を呼ばれて。
きつく閉ざしていた瞼を持ち上げ、薄目がちに視線を紡いでみれば。
「悪い、加減できない」
「あ……ッああッ、この……ッ二重人格ッッ」
「今まで悪かった」
「ッッ……!」
まだ滴るように真っ赤な双眸だが歯軋りは治まっていた弖羅は、狭く熱くざわめく肉底を本能の限り突きつつも、じっとり汗ばむ茉莉の頬にそっと片手を添えた。
「でかくなったな、お前」
「あ……ッ隊長ぉ、覚えて……ッ?」
身の内で鬼族の本能が鋭く鎌首を擡げ、弖羅は返事ができずに、熱源を無心で茉莉に突き入れる。
まるで貪られるように奥の奥まで余すことなく喰い尽くされ、止め処なく痕をつけられて。
茉莉は弖羅に縋りついた。
隊長、弖羅隊長。
鬼族でもいいです。
人でも鬼でも、どちらでも構いません。
今、わかった。
貴方に守られた俺は貴方だけのもの。
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