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鬼さんこちら、私のそばへ-3

指が肌に容赦なく喰い込む。 「う……っぁぁ……っ」 通行人の途絶えた、亡霊の巣窟さながらに生気のない、廃れた街。 その一角に佇む古めかしいアパート。 螺旋階段を上って辿り着く一室。 「て、ら、隊長……ッ」 生活感のない殺風景な部屋に先程から捩れた悲鳴が絶えない。 警察内部に設置された特殊高等警察、通称、特高。 人食い種である鬼族討伐のためつくられた機関。 そこの討伐部門、討伐隊<戌>に属す二人。 出したくもない悲鳴を喉奥から滲ませているのは新人隊員の茉莉だ。 薄倖そうな見目麗しい外見ながらも、喘ぎ声を出すまいときつく唇を閉ざし、一方的な荒々しい交わりにギリギリと歯を食い縛って耐えている。 彼にのしかかるのは上官である隊長の弖羅だ。 ずば抜けた戦闘能力を擁し、周囲から無条件で信頼を得ている人格者。 そんな男は彼の前でだけ凶暴な一面を見せる。 息継ぎさえ与えないような傍若無人ぶりで熱く滾る杭を茉莉に挿し続ける。 命の恩人である貴方を守ろうと思いましたけど。 さすがにこれはあんまりじゃないですかね、弖羅隊長? 「せめてもう少し優しくして頂けませんかね」 半日かけてことが終わり、乱れたベッド、逆上せた体温を孕んで籠もる熱気など、あからさまに余韻を残した部屋。 部屋を訪問するなりひん剥かれた服を着、茉莉は、自分に背中を向けた半裸の弖羅に問いかける。 シーーーーン またお得意のシカトですか。 「……帰ります」 「茉莉」 今日、一度も名前を呼ばなかった弖羅に呼号されて茉莉は……どきっとしてしまう。 しかし次の一声に淡い胸のときめきは無残にも砕け散ることに。 「そのこきたねぇ服何とかしろ」 命の恩人じゃなかったらタマ潰してやる、二重人格サイコ野郎。 広大な敷地を擁する特高本部<マヨヒガ>内にある集合住宅風の隊舎へ戻ってきた茉莉。 出くわした顔馴染みの隊員は……顔立ちは綺麗に整っているのに、その残念で仕方がない非番の私服姿に毎度のことながら呆れ返る。 「新人、それどこで買ったんだよ?」 首回りがヨレヨレのシャツにだらりとしたズボン、今にも朽ちてしまいそうなビーチサンダル。 「数年前に拾いました」 「……まさかその恰好でデートとかじゃないよな?」 デート、ね、そんな可愛らしいモンじゃないです。 ただ一方的にガツガツ喰われるだけ、狂気の沙汰じみた逢瀬。 もう何回目だろうか。 「クソッ。もう寝ます」 ぎょっとした先輩隊員に一礼して茉莉は足早にその場を去った。 初回の出動では不運にも<百鬼夜行>に出くわして失態を犯した茉莉だが。 次回からの出動では先輩隊員の討伐を後方から援護、実戦を一先ず目で覚え、張り詰めた空気に神経を馴らしていき、そして。 「よくやった、新人」 最初となる鬼族討伐を遂行した。 それからは過度な緊張を払い落し、焦らず、アカデミーで培った身体能力を活かして巨躯なる敵方の一撃を的確にかわし、瞬時に斬り込み、地道に討伐数を重ねていった。 「イケメン特高隊員、人員募集広告に抜擢されちゃうんじゃない?」 「これで私服もイケてたら完璧なのにな」 「え、また替え玉? まだ食うの?」 昼、先輩隊員にラーメンおごってやるよと誘われ、三杯完食した茉莉、丁寧に「ごちそうさまでした」と合掌した。 <マヨヒガ>に戻って、出動要請があるまで訓練するかと、他隊員と稽古場に向かって長い渡り廊下を歩いていた茉莉。 その視界に写り込んだ二人に切れ長な双眸がスゥッと細められた。 「なんで土産が一つもないんだよ、チョコレートの一枚くらい買ってこいよ」 「遊びで行ったわけじゃないからな、弖羅」 弖羅が談笑している。 別に珍しくない光景だ。 茉莉に対する酷なくらい素っ気ない態度が逆に非常に珍しいわけで。 「あ、火稀隊長、遠征から帰ってきたんだ」 「相変わらず男のくせに美人な人だな」 「ああいうタイプは美丈夫っていうんだよ」 火稀(ほまれ)……名前は知ってる、討伐隊<酉>の隊長だ。 隊員全て代々特高に属している家系、謂わばエリート、知力が高く常に冷静沈着でどこよりも統率のとれた優秀な隊を率いている。 赤みがかった長めの髪を一つ結びし、片目にアイパッチをした火稀の片目と目が合った茉莉は。 確かに美人だな、と思った。 「お前が例の新人か」 インバネスの裾を翻して自分の真正面にやってきた火稀に茉莉は無礼なき受け答えに努めようとして。 ふと彼の背後にいた弖羅とも目が合った。 ……なんだ、あの目つき。 ……余計なことはしゃべるな、みたいな。 「噂は向こうまで届いていたぞ、初回出動で<百鬼>に遭遇して果敢に応戦したとか」 「それ、は……尾ひれがついています、火稀隊長、」 「火稀」 まだ話したそうにしている火稀の名を呼んで話を中断させた弖羅。 「モノがないならせめて土産話でも聞かせろよ」 火稀の腕をとって稽古場とは反対方向へ弖羅は去っていき、親しげに重なった二人の後ろ姿を茉莉は見送った。 「あの話、ほんとかな」 「ウチの隊長と火稀隊長が付き合ってるってやつ? んなばかな」 「どーかなー俺だったらアリだよ、火稀隊長」 「弖羅隊長になら俺抱かれてもいい」 後ろでこっそり交わされる先輩方の会話に茉莉の目元はぴくぴく引き攣りっぱなしだった。

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