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鬼さんこちら、私のそばへ-6
「……もう金輪際お断りしてやる、あのサイコ野郎……」
夕食後、湯浴みを終えた茉莉はヨレヨレのシャツ越しに痣やら打ち身をチラ見させて隊舎へ戻ろうとしていたのだが。
「茉莉先輩、ちょっといいですか?」
まだ湯浴みを終えていない埜真斗に呼び止められて連れて行かれた先は。
「ね、すごく綺麗でしょうっ」
「本当だな」
風にざわめく雑木林の傍ら、夜空に向かって花弁を舞わせる古桜。
昼とは趣が違い、どこか妖艶で、色めいていた。
『お前を喰いたくなるんだよ』
しどけなく乱れる夜桜に一目で魅入られた茉莉の脳裏に過ぎったのは双眸を赤に濡らした弖羅だった。
「体、大丈夫ですか?」
「……ん。別に。こんなの毎度のことだ」
「弖羅隊長って茉莉先輩にだけ態度が違いますよね」
……案外ちゃんと見てるな、埜真斗の奴。
「今日もちょっと、いいえ、脇から見てるだけでめちゃくちゃ怖くてチビっちゃいそうでした」
「はは……」
「優しくて面白いですけど、弖羅隊長、何でだろう、俺、たまに昔のこと思い出して、」
「埜真斗」
茉莉に頭を撫でられて埜真斗ははたと口を閉ざした。
「悪い、今日はちょっと手加減した、でも。お前は見込みがある」
「ほんとですかっ?」
「ああ。隊は違うが、いつか一緒に討とう、俺とお前の宿敵を」
埜真斗は嬉しそうに笑った。
「はい、必ず、茉莉先輩といつか一緒に!!」
湯浴みのため駆け足で隊舎へ戻った埜真斗を見送って、一人、古桜の元に残った茉莉。
そこへ。
インバネスの裾をはためかせて何の気配もなしに訪れた鬼族の血を継ぐ男。
「もう嫌です、金輪際貴方とはこういうことしないって、ちょっと、聞いてるんですかッ、弖羅隊長……ッ」
唸る風に波打つ雑木林の奥へ引き摺り込まれたかと思えば、立ったまま、惜し気もなく殺気立つ体と大木に挟み込まれて。
「嫌、だ……!」
服を乱され片足を脇腹に抱え込まれて突き入れられた。
他に縋るものもなく止む無く上官のインバネスを握りしめた部下の両手。
熱く硬い肉塊に腹底を押し上げられ、叩きつけられ、さらに捻じ込まれて、あまりにも早急な振舞に悔し涙が溢れ出た。
「信じられません、外でこんなッ……今日で、ほんと、最後……ッもう絶対貴方なんか……ッ嫌いだ……ッ大っ嫌いです……!」
「こどもみたいなこと抜かすな」
絶え間なく突き揺さぶられていた茉莉は伏せていた顔を上げて頭上の赤目を睨みつけた。
「埜真斗が好きなのか」
出かかった罵詈雑言は思いがけない一言によって喉奥へと引っ込んだ。
「同じ過去を持つあいつとなら笑い合えるか」
鮮血と同じ色を浮かべた双眸に間近に見つめられる。
「俺はお前の傷を抉る存在でしかない、でもあいつは塞いでくれる、痛みを分け合うことができる」
「あっ、あっ、隊長……っ熱、ぃ……っ」
「あいつとなら幸せに……なれるだろうな、茉莉」
でも悪いな。
埜真斗に譲ることはできない。
お前は誰にも渡さない。
「お、れは……モノじゃない……ッッ」
もう片方の足も抱かれた。
背中が荒い樹皮に擦れて痛みが生じる。
弱まるどころか強くなっていく抽挿に眩暈を覚える。
どうしようもない弖羅が愛しくて愛しくて、粗削りな欲望塗れの抱擁に溶け落ちそうになる。
「貴方なんか……ッ……」
好きです、弖羅隊長。
「お前のせいで鬼の血が蘇る……」
俺と一緒にいてくれ、茉莉。
言葉にできない想いを我知らず共有して、二人は、甘やかな春の宵に堕ちた。
虚脱した茉莉を抱き上げて雑木林を抜け、古桜に差し掛かったところで、呼び止められた。
「いくら可愛いからって丸呑みしちゃあいけないよ、弖羅」
インバネスと同じように夜風に煽られる長羽織。
無造作に括られた黒髪の先が夜気をなぞる。
「息子だからって子供扱いするな」
顔から外された年経た能面が永く永く息づく定めを笑う。
「俺はあんたと違う、愛すべき運命を手放したりなんかしない」
「この桜に誓って?」
「茶化すな、親父」
弖羅と、弖羅とまるで同じ顔をした、氏之々目。
赤い双眸を月明かりにより妖しげに煌めかせて半鬼の父もまた笑う。
定めと運命。
私には守れなかった愛する人。
私には叶えられなかった夢をお前に託してみようか、我が息子よ。
end
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