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汝は汝のものなればなり/無邪気吸血鬼×白衣眼鏡
ヴァルコラクとは。
月を喰らい月蝕を起こすと言われる史上最強の異形。
狼に似た姿形をしているが大きさも身体能力も五感も、爪牙による殺傷能力も、遥かに上回る。
史上最強の吸血鬼属である。
現在、ヒト属と吸血鬼属が敵対し争い合う世紀末時代。
人間の生き血を糧とし、人知を超えた強大な力を振るう吸血鬼属に対して劣勢を強いられているヒト属。
軍部直下の研究施設で未だ謎の多い敵方の生態解明に日々明け暮れる、研究チームの一員であるヒト属・冴草織人 の元に、彼はやってきた。
「ヴァルコラク? そんな馬鹿な」
ただの犬の赤ちゃんじゃないのですか。
「いいや、これはヴァルコラクだ、冴草研究員」
「何せ生み落したのは人間の女、父親も人間の男、つまり先祖返り」
「薄れていた伝説の血が蘇ったわけだよ」
なるほど。
「ではよろしく頼む」
純白のおくるみに包まれた、どう見てもワンコの赤ちゃんを手渡され、不慣れな手つきで抱き留める白衣眼鏡の冴草。
「キュンっっ」
……本当に犬じゃないんですか?
■1年後
「クンクン!キューンっ!」
遺伝子検査の結果、人とも犬とも違う、吸血鬼ゲノム配列であることが確認できた。
……しかしやはり犬にしか見えません。
■3年後
「ガウウっっ!」
そして冴草の目の前で奇跡は訪れた。
ヴラドと名付けられた実験体は犬の姿から人間の姿に……なった。
確かにヴァルコラクは人の姿形に変わることもある、と言い伝えられている。
ボールをくわえて腕の中に突っ込んできたヴラドを受け止めた冴草。
そこは研究施設の中庭、鉄条網に囲まれ、銃を背に持つ守備兵がものものしげに見回りしていた。
日の光が燦々と降り注いでいる。
そう。
太陽光を苦とする吸血鬼属であるはずのヴラドは人間の血も継いだことで弱点を克服していたのだ。
「クーンっクーンっ」
「ヴラド、君は奇跡そのものですね」
縦筋の瞳孔が走る月蝕色の大きなおめめで見上げてくるヴラドに冴草は微笑んだ。
「なんて貴重で素敵な実験体 」
「冴草大尉、いくらなんでも酷すぎます」
部下である女中尉の指摘に大尉にまで昇格した研究チーム長の冴草は首を傾げる。
「何の話でしょう」
「これです! ヴラドのこれ!」
「クーン」
激昂する女中尉の指差した先にはしょんぼりちっちゃなヴラドの姿が。
噛みつき防止の口枷をつけられている。
「以前にもつけたことがあったでしょうに」
「今は人のこどもの姿をしてるんですよ? いくら実験体とは言え尊厳は守られるべきじゃないですか?」
「では、もしもヴラドが我々を咬んで、我々が吸血鬼化したら、どうなります?」
「う」
「まだ幼いヴラドは罪の意識もなしに我々を血の渇望へ突き落とし、人類にとって著しく有害と見做され、処分されるでしょう」
飼い慣らさなければ。
何も知らない彼に一から教育し、洗脳、マインドコントロール、どんな手段を講じてもいい、人類を勝利に導く最大の武器に進化させないと。
「ヴラド、来なさい」
冴草が手招きするとラボの隅っこで丸まっていたヴラドは嬉しそうに走り寄ってきた。
ちっちゃな実験体を抱き上げてやれば頬擦りしてくる、顎に口枷が当たって少々痛い。
「ねぇ、ヴラド? 我々のために生きて死んでくださいね?」
「大尉ッ」
「次の奇跡を期待しています」
「キューン?」
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