183 / 259

汝は汝のものなればなり-2

■×年後 「サエ、ご本、読んで」 「どのお話がいいですか?」 「これ!」 「また同じ話ですか、ヴラドのお気に入りですね」 最新設備も実験器具もない、代わりにヌイグルミやら絵本が散らばる真っ白な部屋。 天井際に設置されたカメラで常にモニタリングされているそこは通称<雛の巣>。 「悪魔の鏡は割れてその破片は世界中に飛び散りました」 三十一歳にして黒髪にメッシュじみた白髪の入り交じる、眼鏡をかけた、日がな一日白衣姿の冴草は何度読んだかもわからないおとぎ話を端整な唇で淡々と綴る。 そんな冴草を背中から抱きしめる眩い笑顔満開のヴラド。 この数年で目覚ましい成長を遂げて完全に美しく出来上がった青年の外見をしている。 「悪魔、こわい」 でもオツムはまだまだこども。 「悪魔よりヴラドの方が何倍も強いですよ」 冴草はそう返したものの。 ヴラドは蟻さん一匹ろくに殺せない。 上層部を満足させるような研究成果は未だ上げられず<ヴァルコラク兵器計画>を掲げたこのプロジェクトの存続すら危うい現状にあった。 あやふやな口伝を頼りに正に手探りで進められているこのプロジェクトそのものが実体のないまやかしじみた亡霊のような。 「サエ、ごろごろ」 チームの焦りも知らずに猫みたいにじゃれついてくるヴラド。 細身の冴草を両腕にすっぽり閉じ込めてご満悦のようだ。 ここで飼育されている本物の白猫がそんなヴラドの背中にじゃれついていた。 「まるで保育所だな、世界は流される人間の血で溢れ返っているというのに」 久方ぶりに本部からやってきた上官の嫌味を涼しげに聞き流す冴草。 四台並ぶモニターには違う角度から写し出された、猫と遊ぶヴラドの姿が。 「洗脳は。マインドコントロールはどうした」 「ご覧の通り、懐柔したつもりですが」 「いっそのこと実戦に持っていくか」 「まだ幼児の彼を戦わせると?」 「おい、消えたぞ、どこに行った」 「私を探しているのでしょう、<巣>だけでなくこのワンフロア全体を行き来可能にさせていますから」 「……保育所だ……そうだ、コレに精通はきたのか」 「は?」 「捕虜と交尾させて子を産ませたらいい、次の実験体で再スタートを切る、コレは失敗作だ」 「……彼はまだ精通していません、少佐」 冴草は上官に対し規律違反を犯した。 質問に対し虚偽を述べてしまった。 「サエ……あったかい……」 プロジェクトチーム長の専用個人ラボ。 寝床となる小部屋が併設され、寝台だけでほぼスペースが埋まった狭いそこで。 「ン……はぁ……」 冴草はヴラドに交尾を教えていた。 誰にも秘められた課外授業が開始されたのは少し前の日に遡る。 度重なる徹夜寸前の超過勤務で男特有の生理現象に見舞われた冴草がこの小部屋で解消しようとしばし籠もっていたら。 『サエ、なにしてるの?』 自分を探しにヴラドがやってきた。 いつものように何の躊躇もなく背中に抱きついて、さすがに強張る冴草の正面を覗き込み、服が乱されて部分的に露出した股間を目の当たりにして。 興味津々に触れてきた。 『あ……ヴラド……』 『すごい、サエ、ビクビクしてる』 『……』 『熱くて、硬くて、すごい』 いけないと思いながらも冴草は……ヴラドに身を任せた。 首筋の匂いを嗅がれながら無邪気に戯れてくる大きなその手に……白濁した欲望を解放してしまった。 『ッ……はぁ……』 『……サエ』 『あ』 『……ヴラドも、サエと、いっしょ……』 教えて、サエ? いつもみたいにヴラドに教えて? 『……先程、私にしたように、ヴラド自身で、』 『サエがして、サエがいい』 握りしめたその熱源は自分よりも隆々と反り返って屈強な雄々しさに膨れきっていて。 『はぁ……すごい、これ……サエ……もっと』 いつもと違う、体の芯まで溶かすような熱気を伴う抱擁に背筋を粟立たせて、冴草は……ヴラドに自慰どころか交尾まで済し崩し的に教え込むこととなった、のだ。 「あ……ッ」 簡素な寝台は冴草とヴラドの重みで限界近くまで激しく軋む。 「んッ……ッ」 「はぁ……っサエ……きもちいい……交尾、きもちい……」 サイズの合っていないブカブカな白いシャツ、片方の肩だけ外気に曝して、欲望のままにヴラドは腰を突き動かしてくる。 一日に何度も求められることもある。 つい甘やかして、この小部屋で、好きなだけ貫かれて。 冴草の後孔はヴラドのかたちをすっかり覚えてしまった。 「ぁ……っん……はぁ……っ」 ベッドに白衣を滴らせて喘ぐ冴草。 猫と遊ぶより、絵本より、かくれんぼより、貪欲に交尾を求めるヴラド。 健やかに育った体躯に見合うペニスがさらに膨れてビキビキと紛れもなく怒張した。 「あぁ……!」 「んっ、サエ……サエの奥……ヴラドの……ヴラドだけの……」 シーツに片頬を押しつけて悶えよがる冴草の最奥でヴラドは果てた……。 「おやすみなさい、ヴラド」 あどけない寝顔で眠りについたヴラドの額をそっと撫で、冴草は、小部屋を後にした。 何よりも無邪気で純粋な貴方。 その清らかな両手に心を掬われた。 研究者として失格ですね、私は。 ■30分後 研究施設が急襲された。

ともだちにシェアしよう!