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汝は汝のものなればなり-3

吸血鬼属の精鋭が揃う残虐非道な中堅部隊に守備兵は果敢に応戦したものの、防御が一部崩され、中枢への突破を許してしまった。 軍に籍をおく研究員達も一通りの訓練は受けていた、だが研究要員として仕えていた彼らの力では戦闘力に長けた敵方を迎え討つのは至難の業だ。 「冴草大尉……ッ早く逃げないと!」 「駄目だ、ヴラドが……あの子を置き去りにはできない、あの子を探さなければ……ッ」 建物内に鳴り渡るサイレントと怒号、悲鳴、血塗られた嘲笑。 猛火に煤けた白衣を翻して姿の見えないヴラドを探し出そうとした冴草だが。 「きゃ……!」 背後で中尉の悲鳴が、振り返れば黒い戦闘服に身を包んだ敵兵が彼女の腕を捻り上げ、その首筋に狙いを定めていた。 訓練通り、冴草は両腕を伸ばし手にしていた銃を構え、発砲した。 弾丸は敵兵の頬を擦り抜けた。 「ああ、Dr.冴草、貴殿を探していた」 こちらの領域で是非とも研究に従事して頂きたい。 忌々しい太陽光に対する抗体を作り出してほしい。 中尉を未練なく手放した敵兵は凍りつく冴草を赤銅色の眼で見据えて手を差し伸べる。 次第に増していく阿鼻叫喚。 燃え盛る炎。 記録された貴重なデータが消失していく。 「貴殿が来るというならば今すぐここから撤退しよう」 冴草がその手へ一歩近づこうとした、その瞬間。 敵兵と彼の間にゆらりと割り込んだ白い影。 「ヴラ、ド」 「サエ、行かないで」 「……私、は」 「ごめんね、サエ」 「え?」 『我々のために生きて死んでくださいね?』 「ヴラド、みんなのためじゃない、サエのため、生きて、サエのため、死ぬ」 そうしてヴラドは。 冴草の目の前で二度目の奇跡を見せた。 人間の姿からヴァルコラクの姿へ。 月を喰らうと謳われる、狼を巨大化したかのような、神々しい異形となって。 冴草の盾となり剣となり死神の招きをことごとく蹴散らした。 敵部隊によって放たれた火の勢いが弱まりつつあった。 負傷者同士が励まし合い、重傷の者は運び出されていく。 咬み痕のない死者には静かな眠りが、咬まれた犠牲者にはかつての仲間から心臓に救済の刃を手向けられた。 「サエ、サエ」 冴草は人間の姿に戻ったヴラドの両腕の中にいた。 鮮血にひどく朱く濡れた白衣。 すべて敵の返り血だ。 焦げついた匂いに咳き込みながらも中尉は吹っ飛んでいた上官の眼鏡を拾い上げ、片方のレンズが綺麗に割れたそれを彼の顔にそっと戻した。 「大尉を連れて自由になって、ヴラド」 「自由?」 中尉は傷一つ負っていない全裸のヴラドに白衣をかけてやる。 「そう。自由に」 この世界はどうせ終わる。 でも奇跡そのものである貴方と、奇跡に愛された大尉が、死にゆく世界の道連れになる必要なんかない。 「二人で幸せになって?」 中尉は大好きなヴラドと愛する大尉に微笑んで別れを告げた。 サエ、ずっと眠ってる。 ずっと、ずっと。 ヴラド、ずっと待ってる。 世界が終わっても、ずっと、ずっと。 「サエ」 「ああ……よかった、探していたんですよ、ヴラド?」 目覚めた冴草をヴラドは抱きしめた。 ヴァルコラクに愛された冴草のその首筋には二つの深愛の証が。 end

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