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君想フ故ニ我アリ-9

雨音が絶え間なくしている。 「……涙、止まった」 抱き締められた遥は晋也の胸の上で小さく呟いた後、それ以上口を開く事もなく自分を温める両腕の中でじっとしていた。 背中に回された両手が晋也のシャツを掴んで深い皺を刻んでいる。 明かりのない部屋には陰影が物憂げに落ち、風が低く唸る窓の外とは反対に静かな時間がひっそりと流れていたのだが。 ふと遥が身じろぎした。 自分に寄せられる重みが増し、肘掛にもたれていた晋也の体が自然と滑り落ちていく。 ささめきにも似た衣擦れの音がやけに際立って聞こえた。 それまでの静寂に終わりを告げる兆しでもあるかのように。 ソファに横たわった晋也は遥を見上げる格好となった。 彼の前髪が届く程に近い距離であり、泣き止んだ瞳は宵の薄闇の中でいつになく澄んで見えた。 遥は何も言わずに身を屈めると晋也の唇にキスをした。 重なり合った微熱の柔らかな感触がほんの束の間呼吸を封じる。 ……キス、されているのか、俺は。 「藤野」 遥はゆっくりと顔を離した。 ソファに両手を突いた彼は少し眉根を寄せ、どこか縋るような目つきをして晋也を覗き込んでいた。 消え入りそうな声で遥は晋也へと切に願う。 「昔みたいに名前で呼んで」 そして遥はもう一度口づけてきた。 密着させた唇を何度か緩々と開閉させ、感触を確かめようと柔らかな仕草で啄ばんでくる。 「ん……」 満遍なく濡れた互いの舌端を歯列越しに擦り合わせる。 一つになりたいとでも言わんばかりに濃密に絡ませ合い、徐々に上擦る吐息を直に食む。 滴るようなキスの最中、薄目がちに見上げた遥は切なげに瞼を閉ざして自分に覆い被さっており、晋也は込み上げてくる愛しさに従って細い腰を抱き寄せた。 「ふ……ッ……」 それまできつく目を閉じていた遥がそっと確かめるように晋也を見た。 視線が繋がり、唇も深く交えて、濡れた微熱を分かち合う。 まるで初めて人肌に触れるような、新鮮な喜びがあった。 遥が上擦った息を零す度に胸が高鳴り、昂ぶる。 重なりたくて堪らない。 濃密に縺れた舌先だけでは物足りない。 もっと、どこまでも遥の身と溶け合いたかった。 「……」 しばらくして離した唇の合間には唾液の糸が連なり、晋也は名残惜しい気持ちとなりながらも指先でそれを断ち切った。 「……遥……」 再会頭や歩道橋では無意識にその名を口にした。 こうして敢えて呼号するのは十四年振りだ。 今まで胸に募らせてきた想いを解放するように晋也は遥を呼んだ。 「……町田さん」 遥はやはり縋るような眼差しで晋也を見下ろしていた。 上気した頬をなぞると自らも掌に顔を寄せ、背筋に沿って背中を撫で上げれば肩を震わせ、一つ一つの動作に素直な反応を見せた。  次の愛撫を望む双眸は欲深な熱に満ち始めて扇情的ですらあった。 「俺はお前のそばにいたい」 シャツの下に潜らせた手で素肌に触れる。 広げた五指で脇腹を辿ると遥は一瞬声を詰まらせ、頷いた。 「そばにいて」 「もっと触れていいか?」 「もっと触って、町田さん」 上体を浮かせた遥の身に添わせている掌をずらしていき、晋也は、小さな尖りの感触がある胸の突端のところで止めてみた。 俄かに身震いした遥の首筋に口づける。 次に頤へと軽く歯を立て、抑えきれない吐息に彩られた下唇を緩く食んだ。 指先で円を描くように尖りの縁を一周する。 何度かそれを繰り返した後、晋也は突起そのものに触れた。 「ん……ッ」 遥が眉間に縦皺を寄せる。 晋也は彼の表情の変化を見逃さず、すぐに行為を止めた。 「痛いか?」 「少しだけ……、でも……」 中断された愛撫の続きを求める眼差しに鼓動は急かされる一方だが焦る必要はない。 晋也は遥の肌から一端遠ざけた自身の手を口元へと持っていき、中指と人差し指を口に含んだ。 「濡らせば痛くないはずだ」 遥は一層頬を紅潮させた。 晋也が彼自身の指を舐め上げるのを間近に見、皮膚の内で淫らな熱が上昇するのを痛感した。 再びシャツを潜って触れてきた、滑りを帯びた指が唾液を馴染ませようと反芻する細かな行いに嗚咽にも似た声音を喉奥で滲ませた。 「ん……ッ……」 「まだ痛いか?」 「うう、ん……痛く……ない……」 晋也は遥のシャツを片手で捲り上げた。 日に焼けていない真っ白な肌が目の前で露となる。 胸の突端だけが淡い色彩に染まり、僅かな硬さを帯びていた。 晋也はまだ触れていなかった方の一つへ今度は唇をおもむろに被せた。 「あ……ッ、……ぁ」 ざらついた舌端に撫でられて遥はとうとう嬌声を零した。 口腔で捕らわれた尖りが隈なく湿らされる過程に甘く呻吟し、上体を支える腕を時折痙攣させる。 ソファの上で晋也は身を起こすと遥を向かい合わせのまま膝頭に乗せ、シャツを脱がし、再びキスをした。 最初から薄目を開けた状態で幾度となく角度を変えては絡めた舌を執拗に奏で合った。 「んん……ン……ッ……」 服越しに重ねた遥の下肢が変化を来たしている事にどうしようもなく欲情してしまう。 晋也は一向に飽きないキスを交わしつつ遥のそこへと手を伸ばした。 「ッ……」 触れられた瞬間、遥は大きく身震いした。 動揺と羞恥の色が双眸を過ぎる。 昂揚感に解れていた緊張の糸が肢体に巻きつき、しどけなかった表情をも硬くさせた。 「……遥」 しかし彼は離れかけた晋也に自ら抱き着いて隔たりが生じるのを拒んだ。 肩口に擦り寄り、自分より逞しい体にもたれかかり、その欲求を切れ切れとなりながらも口にした。 「町田さん……お願い……触って」 いとおしい遥の声音に晋也は従う。 デニム越しに掌をあてがい、熱源の感触を確かめる。 摩擦するように手首を揺り動かすとか細いため息が首筋に伝わった。 「ぁ……はぁ……」 手探りでデニムのホックとファスナーを蔑ろにし、肌伝いに下着の内へと利き手を忍ばせた。 直に触れた熱源は撫で擦られると先端に蜜を滲ませた。 上下に愛撫すれば更に硬さを帯びていく。括れや裏筋を刺激すると先走りの滑りが五指を湿らせた。 外気に取り出したそれをゆっくりと扱き始める。 遥のため息は色香を増し、発熱した体はもどかしげに震え、晋也にしがみつく両腕は首筋をきつく圧迫した。 「あ……ッ、もぉ……ッ」 「……出そうか?」 答えを聞かなくとも右手の中の熱源が放精を求めているのは明確だった。 晋也は、手の動きを速めた。 肩に顔を埋めたままでいる遥の苦しげでありながらもひどく甘い声音を鼓膜で堪能しながら彼を追い上げる。 「あ……!」 間もなくして遥は白濁の飛沫を晋也の掌に弾いた。 放精する際に遥が放った微かな悲鳴、大きく揺らめいた腰元。 快楽にただ忠実だったその一瞬は晋也の心身に深く刻まれた。 誰にも見せたくない一瞬だと思った。 その一瞬を共有できたらとも、思った。 「……汚してごめん」 晋也の肩にしがみついていた遥が放精の余韻でまだ息切れの伴う声を紡ぐ。 「気にしなくていい」と、晋也が答えると彼は俯いた姿勢で表情を隠したまま、言った。 「町田さんも脱いだら……汚れないよ」   ぼやけた外明かりが差す寝室へ遥を連れていく。 ベッドへ寝かせ、傍らで服を脱ぎ、彼の元へと潜り込む。 その身の内へとも。 「ん……ッ、ぁ……ぁ……」 晋也の指先に初めてその身を貫かれ、遥はシーツを波打たせて肢体を捩じった。 汗ばんだ肌が夜目にも艶めいているのがわかる。 貫く指を更に増やせば抉じ開けられる痛みに目元を引き攣らせ、唇をきつく噛んだ。 女性とは違う痩せた胸。 骨張った肢体。 自分にしがみついてくる掌の意外な強さ。 何もかもが何よりもいとおしかった。 今すぐに抱きたくて堪らない。 腕の中にいるのに、自らも求めてくれているというのに、欲望は落ち着く事なく加速するばかりだ……。 「あ」 狭苦しい肉の狭間のある箇所を刺激され、あり余る体内での違和感を堪えていた遥の表情に恍惚の色が差した。 欲情に霞む双眸。 連なる甘い吐息。 不慣れな動作で足を開いて自分を受け入れようとする。 「……遥」 晋也は思わず呼号した。 普段は淡々とした態度で表情をあまり変えない遥の嬌態を目の当たりにし、自分も痛いくらいにずっと感じていた。 指で慣らしたそこに屹立した自身をあてがう。 根元を支え、力む先端でまたも抉じ開け、遥との繋がりを深めていく。 「く……」 当然、容易に受け入れてはくれない。 指で解したとはいえ隆起を先へ進めるのには苦労が要った。 「あ、あ、あ……」 遥もつらそうだった。 額に汗が吹き出している。 上体を捻らせ、シーツを強く掴んで眉間に苦痛の皺を刻んでいた。 「遥」 隆起を途中まで進めたところで行為を中断し、晋也は遥の額に五指を滑らせた。 張りついていた髪をかき上げて耳元へと梳く。 中途半端な進行はより際どい感覚を生み、一思いに貫きたい衝動もあったが、それを抑え込んだ上での柔らかな愛撫だった。 「町田……さん……」 負担を気にかける晋也の視線の先で押し開かれる痛みに歪んでいた表情が弱々しいながらも一つの微笑を浮かべる。 「貴方がくれる痛みなら何だって愛せるから」 だから、来て。 伸ばされた両腕と掠れた台詞に促されて晋也は遥と深く繋がった。 少しでも苦痛が紛れるよう何度も小刻みな口づけを注ぎながら。 共有する熱のかつてない深みに溺れ、背中に食い込む爪の鋭くも愛すべき痛みを負いながら。 「遥……遥……」 生身の肌で強く痛感した。 皮膚を隔てて、その鼓動を。 そのかけがえのなさを。

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