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彼岸の花咲くあの場所で-2

「あそこには近づくな」 今までに感じた覚えのない強い力が僕の手首を締め付ける。 驚きと痛みで声も発せられずにじっとしていたら、その人は鋭い目を細め、後ろの草むらへと僕を突き飛ばした。 「余計な詮索はするな。それに、お前は私の孫でも何でもない。ただ家においてやっているだけだ」 着流しを纏い毅然とした物腰のその人は容赦ない眼光で僕を射抜いた。 怖い。 僕は竦み上がってしまい、その人が家の中へと去ってからもしばらく地べたに座り込んだままでいた。 「……お母さん、お父さん」 気がついたら涙が流れていて、僕は乱暴に頬を擦った。 来年は中学生になるのだ。 突き飛ばされたくらいで泣いていては、いつまで経っても弱い子供のままだ……。 「どうしたのです、御坊ちゃま」 声のした方を向くと、縁側から使用人の一人が慌ててこちらに駆けつけてこようとしていた。 「……躓いて、その」 「まぁ、そうですか。お庭は広いですからね、怪我には気をつけてくださいよ」 お母さんよりも年上に見えるその使用人はにこにこと笑っていた。 昨日ここに来たばかりの僕に一番優しくしてくれた人だったので、ほっとして、僕はやっと立ち上がる事ができた。 「でもね、お庭の奥にある離れには行ってはいけませんよ」 僕はどきりとした。 『あそこには誰かいるんですか』 先程、庭で木蓮を見上げていたあの人にそう質問したら、いきなり手首を強く掴まれて怒られた。 でもその使用人は別段怒っている風でもない。 ただ少し心配そうに眉根を寄せて赤い花に囲まれた離れを眺めていた。 古い物語に出てくるような外観で、全面が障子張りだった。 干乾びた梅ノ木が侵入者を拒むかのように細い枝を広げている。 この使用人の人は僕が突き飛ばされるところを見ていたのだろうか?  背中に温かい手をあてがわれて家の中へと促される時、ふと僕はそう思ったが、別に腹は立たなかった。 肩越しに振り向くと、風が赤い彼岸花を揺らしていた。 「己の息子まで恐れてのぉ」 頭上を仰ぎ見ると、老婆が杖を突いて凝然と私を見下ろしていた。 その淀んだ双眸はまるで嘲笑を孕んでいるかのようであり、霞がかかって不明であった彼女の心中を率直に物語っていた。 「誰の意見も聞かず、遠くへ追いやってしもうた……孫の時でさえも」 「私の……」 薄ら寒い座敷の隅に置かれた棺桶の中のあの人はもう二度と何よりも鋭い眼光を私に浴びせかけないのだ。 「え、貴方?」 腰を上げた私は妻の呼びかけも無視して一段と冷えきった廊下に出、閉じられた襖の合間を足早に突き進み、土間から庭へと降り立った。 あの人に突き飛ばされた日の夜、どうしても離れの住人が知りたくなり、私は裸足で庭の暗闇を突っ切った……。 丁度、満月の浮かぶこんな夜に。 そして私は見てはならぬものを見た。

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