205 / 259
AWAKEN EYES-3
「ッ、何を……」
サエラは驚愕した。
亥月は依然として強かな笑みを浮かべており、左手首に埋めていた刃先をさらに手前へ、力を込めて引いた。
「あ……ぁ、やめろ、亥月……!」
青く脈打つ血管のそばに一筋の赤い線が生じる。
サエラは両手で顔を覆った。
何も見たくなかった、何もしたくなかった。
心許ない足取りで窓際へと後退りして、彼は亥月からできる限り離れようと試みた。
しかし数世紀に渡る渇きは滑りを帯びた潤いを狂いそうな程に切望する。
「こんな森の果てで独りで暮らして。渇いてたんだろ?」
耳の底で亥月の声が鳴り響く。
甘く柔らかな香りに全神経が歓喜し、あまりの興奮に目の前がぼやけ出す。
「サエラ」
白く長い指の隙間から、サエラは目前に迫る亥月を見た。
そして滴る血の雫を。
「あ……う……」
「早く」
耳元で騒がしくなる動悸の音色。
青ざめたサエラは操られるようにそれへと唇を寄せる。
憂鬱な虚から色鮮やかな焔へと、瞳の奥深くを塗り変えて。
上下の唇が硬質な皮膚に触れ、懐かしすぎる血の味に触れた。
「ッ……」
心臓の裏側が打ち震えた。
舌先に纏わせると、喉の内壁へ甘美な芳香が広がっていく。
脳内を官能的に揉み解されるような心地に黒々とした睫毛は痙攣し、世にも妖しい目つきとなって、サエラはそれを飲み込んだ。
「ぁ……ッ」
己の肉の狭間に染み渡っていく。
初めて味わう一族の者以外の血であった。
「はぁ……ッ、ぁ」
尖らせた舌の先で何度も掬い、サエラは喉奥へと赤い雫を運んだ。
あられもなく喘ぎながらしがみついて、理性を遠くへ突き離して。
先程までの鬱々とした態度からは到底想像できない、貪欲さを明け透けにした吸血行為に及ぶサエラを、亥月はじっと見下ろしていた。
「これが本当のあんたか」
さも満足そうに愉悦して、亥月は無我夢中で血を飲むサエラに囁いた。
「あの時と同じだよ、問いかけた俺を殺しかねなかった……心臓を抉り取るみたいな目つきだった……」
不意に、サエラが顔を上げた。
アイスブルーの双眸は月光じみた煌めきを放って、やはり、彼の者の心臓を猛然と抉った。
彼の者は低く笑った。
「もっと味あわせてやるよ」
明らかに自分より華奢な体つきのサエラを容易に抱き抱えると、亥月は天蓋を潜り寝台の中央へ移動した。
トランス状態に陥ったサエラは、血に塗れた唇で、自分の上へ覆いかぶさった亥月に望む。
「……もっと……」
亥月は、唇を噛んだ。
容赦ない力で柔い肉片に歯を立て、又自ら傷を一つつくり上げて、
「飲めよ、好きなだけ」
そう言い終えるなり亥月はサエラに深く口づけた。
血を得ようとするサエラの舌を招き入れて、濃厚に執拗に絡みつかせ、己の血とサエラの唾液を嚥下した。
「ッ……はぁ」
サエラは吸血鬼の本能のみに従って何も知らずに亥月と舌を交わした。
淫らな音色を立てて蹂躙されているという事もわからずに、彼の血による快楽だけを探し求めた。
歯列の裏や口腔の隅々にまで舌先を彷徨わせて落胆し、下唇の傷口へ戻り吸い尽くそうとする。
亥月はそんなサエラの舌遣いに合わせて狂的な口づけに耽溺していった。
ガウンがずり落ちて、白いシャツに覆われたサエラの肩が外気に曝される。
開かれた両足の間に片膝を突いていた亥月は、サエラが朦朧となっているのをいい事に、彼の下肢へ手を伸ばそうとした。
「……嫌、もっと……」
唇をやめ首筋にキスしようとしたら、サエラはそれを嫌がった。
快楽に濡れた表情は扇情的で蠱惑的で。
大輪の妖花が開花したかのように思えて。
亥月は鮮烈なる目眩を覚える。
血を吸われたせいか吸血鬼の毒気にでも中てられたか、彼の精神と肉体はいつにもまして昂揚していた。
「そんなにいいのか、俺の血は」
亥月は素早くジャケットを脱ぎ捨てた。
そしてもう一度サエラと唇を重ね、血の口づけを施しておいて、白いシャツの内側へ右手を差し入れた。
恐ろしいくらいに冷たい肌である。
亥月は手をさらに進めて胸の突端を目指した。
「ッ、ぁ……はぁッ……ぁ」
結われていたサエラの髪が解けてシーツの上に散らばる。
高潔であるはずの吸血鬼という妖魔が己の腕の中で善がるその堕落ぶりに、亥月は、途方もなく誘惑され掻き立てられて、本当に狂いそうになった。
性欲より血の欲望が勝る性のサエラは流される。
亥月の唇と指先がどれだけ肌を犯そうともすべてが二の次で、赤い液体にただ踊らされて至上の悦びの中を舞う。
しなやかな体は亥月に明け渡し、血の快楽に恍惚となって。
己の本能には追い着きそうもない性欲を漠然と感じ取って。
亥月は、滾る性欲の象徴であるその楔をサエラに突き入れて、律動した。
もどかしい手つきで裸にした青白い体を抱き寄せて、皮膚とは反対に熱く潤う内部を掻き乱し、呻吟した。
サエラはとうとう自ら亥月の首筋に牙を立てた。
ともだちにシェアしよう!