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鏡よ鏡、この世界で彼が一番愛する人は誰?/童話パロ/年下イケメン×おっさん狩人
■この話は別シリーズ「The Story of.....」から移動させた作品です
その森は。
四方八方伸び連なる枝葉に空を遮られて白昼でも昏い。
余所の森よりも獰猛な獣たちが棲み、迂闊に踏み込めば……後の祭り。
その森は。
魔女の子孫が密かに息づく森。
「鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは誰?」
世界で二番目に美しい女は魔女の血を引いていた。
世界で一番目に美しいとされる姫君の命をあの手この手で狙い、失敗に終わり、白亜の城から追放された罪人は。
この森でひっそりとこどもを産んだ。
一人の男に見守られながら。
「何よりもいとおしいこの命、貴男に託すわ、レネゲイド?」
「……お妃様」
「私はもう妃じゃない、魔女の血を引くだけの、ただの女」
さようなら、愛しい人。
そう囁いて世界で二番目に美しい女は永遠の眠りについた……。
ではなく。
逃げた。
とんずらこいた。
「あの奔放バカ妃が、好き勝手な真似しやがって」
元お妃様と同じく、姫君の命を狙った罪人として領地から追放された狩人のレネゲイド、おくるみの中で安らかに眠るあかんぼうを抱き、ため息一つ。
そんなこんなで十八年が過ぎた。
二十代だったレネゲイドは中年まっしぐら、四十路となり、魔女の血を引く女のこどもであるラビリアスは立派な青年に成長した……。
ではなく。
「まま、だっこ」
ラビリアスは何故か心身ともに2~3歳のまんま。
髪もヒゲもぼーぼーで百八十センチ強の筋肉質レネゲイドを「まま」と呼び、ちょこちょこついて回り、ふにゃふにゃちっちゃいまんま、なのだ。
「ママじゃない、パパでもないがな」
おかげでレネゲイドはラビリアスからずっっっと目が離せない。
外出の際はおんぶひもで背中に括りつけて固定、得物である美しい曲線描くダガーや刀剣で獰猛な獣相手に狩りをする際も常にいっしょ、毛皮を売りに町へ降りる際もいっしょ、ごはんもいっしょ、おふろもいっしょ。
「まま、ラビ、おねむ」
獣の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる夜。
並みの人間にはとてもじゃあないが耐えられない、森を蝕む深く鋭い闇。
「まま、ごほん、よんで」
しかしここに孤独はない。
レネゲイドには守らなければならない大切なラビリアスがいる。
『さようなら、愛しい人』
とんずらこいた元妃が理解不能で歯痒いったらありゃあしない時期もあった。
しかし、しがない狩人の自分と違って、彼女は多くの人間に顔が知れている世にも美しい罪人。
もしも共にいればラビリアスに何らかの危害が及ぶ恐れも……なきにしもあらず。
本当のところはわからないが彼女は泣く泣く我が子との別れを選んだのかもしれない。
「お妃様、あんたは無事でいるのか?」
すやすや眠るラビリアスの絹色の髪を撫でながらレネゲイドは呟くのだった。
「まま、まま」
世界で二番目に美しかった女の美貌を受け継いだラビリアス。
昏い森で荘厳なる月光の如く淡く光る絹色の髪、滾々と湧き出る泉を彷彿とさせる碧く澄んだ双眸、そして、もこもこカバーオール。
「まま、だっこ」
この子は一生このままなのだろうか。
一生この姿のまま、魔女の加護を授かって、俺よりも生き永らえるのだろうか。
そのときは誰がラビリアスを守る?
「いや、先のことはいい、肝心なのは今だ」
ひげぼーぼーの長身レネゲイドは大木の根元にぺちゃんと座り込んでいたラビリアスを抱っこした。
こどもにしては表情に欠けるラビリアス、無表情のまま、ぼーぼーひげを引っ張って遊んでいる。
「お前と二人、しっかり生きていくんだ、なぁ、ラビリアス?」
裕福ではないが心は満たされる。
一日一日、生き切ることができれば、それで十分。
そんな日々をラビリアスと共に過ごしていけたらいいと、レネゲイドは、そう思っていた。
堅実な狩人の元を不意に訪れた一つの運命。
雪のように白い肌を持った、血のように赤い唇を持った、黒檀のように漆黒の髪をした、
「あなたを探してた、狩人さん?」
この世界で一番美しかった姫君のこども。
どこか何かが異質な、獰猛な獣たちが恐れ戦くまでの世にも見目麗しき少年。
「隣国領主の子息がこんな辺境の森に単身で来るなんて危険過ぎる」
「ふふ、母君が話していた通り、あなたって……あなたの、その背中の異物、なーに?」
「異物じゃない、俺のこどもだ」
「こども? ちっとも似てない!」
見目麗しき少年、フューネラルの乗っていた馬に水を与えて休ませ、嵐が来ても寸でのところでいつも持ち堪えてくれる掘っ立て小屋に彼を招いたレネゲイド。
久方ぶりの客人前でこのぼーぼーひげは無礼に値するかと、てっとり早くナイフで髭剃り、ぼーぼー髪もばさりと切り落とした。
そうして現れたるは贅肉皆無のスレンダー筋肉質なる男前中年。
長年の狩りで研ぎ澄まされた五感に見合う、鋭敏な身のこなしと無駄のない戦闘能力に長けた体。
「まま、ラビ、あいつ、きらい」
「しっ。お前は眠っていろ、ラビリアス」
こざっぱりした姿で戻ってきたレネゲイドにフューネラルは赤い唇をそっと綻ばせた。
「母君はね、あなたが追放されることに本当は反対してた」
母君にとって刺客であったのと同時に命の恩人でもあるから。
でも、結局、おじい様があなたを追い出してしまって。
母君はとても悲しんだ。
「ねぇ、あなたは誰を愛していたの、狩人さん? ほんとうは母君を逃がしてくれたあなたが、ぼくの父君なんじゃ――」
「ありえない」
目の前で震えていたか弱い命を手折ることができなかった、ただそれだけだ。
実際は強かな少女の目くらましにまんまと絆されたのかもしれないが。
「うー」
背中のラビリアスがフューネラルを威嚇している、レネゲイドは小声で「こら」と注意し、おんぶひもをほどくと手作りミニロッキングチェアにちょこんと乗せた。
「きーらーい」
「こら」
「ねぇ、その異物を産んだ母親は? あなたと同時期に追放されたっていう性悪女だったり?」
「……」
「世界で一番美しかった母君と、世界で二番目に美しかった女に愛されるなんて、あなたって、ほんとう……」
十代前半じみた十八歳のフューネラルは微笑んだ、その微笑はまるで鮮血色したバラが見事に開花したかのような妖しい魅力に満ち満ちていた。
「ねぇ、どんな風に獣を仕留めるの?」
人よりも鋭い獣はきっと彼の奥底に巣食う闇を恐れたのだろう。
毒りんごを口にして一度死に抱かれた母親が禁断の領域から我知らず持ち帰った闇を。
「城へ帰るんだ、フューネラル」
「帰ってもいいけれど。もしもその異物が性悪女の胎で育まれたものなら。罪深い魔女の血を受け継ぐ異形なわけだよね」
何かと目障りになりそう。
そうだね、今のうちに摘んでおくべきだよね、そのほうがみーんなにとって幸せだよね、きっと。
「でも、そうだね、狩人さんが僕のお願いを何でも聞いてくれるなら。城のみんなには黙っていてあげる」
究極なる闇を腹底に宿すフューネラルは冷たく美しく笑う。
外見的には華奢な自分よりも数十倍強そうなレネゲイドに、そっと、寄り添う。
「僕のものになって、狩人さん」
「殺してほしい人間でもいるのか」
「別に? 生きようが死のうが、どうだっていい、そんな人間ばかりだから。別に殺したい相手なんていないけど?」
「やー!」
「こら、ラビリアス」
「ねぇ、今、僕とおしゃべりしてる最中でしょう、狩人さん?」
フューネラルはロッキングチェアへ意識が逸れたレネゲイドに腹底の闇を震わせた。
硬質の肌に爪を立て、思い切り背伸びをすると、頑丈そうな首にか細い両腕を絡ませて。
乾いた唇に色鮮やかな唇をそっと重ねようと――
ばきばきばきばき!!!!!
突如として響いた、それは無残な音色。
レネゲイドが大昔に作ったミニロッキングチェアがぶっ潰れた、思い出の詰まった品がぶっ壊れた、音。
レネゲイドは驚いて棒立ちになった。
フューネラルは久方ぶりに覚える不愉快なる心地に眉根を寄せた。
「やめなさい、クソガキ」
ロッキングチェアを台無しにした張本人が毅然とした物言いで告げる。
びりびりに破れたカバーオール。
ロッキングチェアの成れの果てである木片を下にして、すっぽんぽんの、それはそれは月光に映えそうな秀逸なる美貌に彩られた青年が。
「俺の愛しい人から離れなさい」
彼の名はラビリアス。
十八歳という年齢通りの、美しく立派に成長した、魔女の血を継ぐ子孫。
フューネラルと同年の、この世界で一番美しかった姫君の胎違いの弟にあたる、魔女以外にも由緒正しい高貴なる血を引く青年。
「愛しいオジサンを奪われるくらいなら、こんな命、地獄に捧げてやりましょう」
しかめっ面のフューネラルが去った後の掘っ立て小屋。
相変わらずすっぽんぽんのラビリアスにレネゲイドは声を荒げた。
「どういうことだ!! お前、わざとあの姿でいやがったのか、ご立派なモンぶらさげた今の姿が本当のお前なのか、ラビリアス!!」
自分より上背のあるしなやかスマートなラビリアスを睨む。
ずっっっと騙されていたのかと思うと腹が立って仕方がない。
「だって、俺が成長したら、オジサンが離れていってしまうと思ったから」
絹色の髪をくしゃりと握りしめ、視線を斜め下に落とし、ラビリアスは喉奥から振り絞るように声を紡いだ。
「きっと俺を捨ててしまうって、怖くて、それなら小さいままでいて、ずっとオジサンといようって思って」
「ラビリアス」
「あのクソガキのおかげで脱皮できました」
今日からは俺がオジサンを守ります。
この体に流れる魔女の血でもって敵を撃退します。
「おい、とりあえず服着ろ、目のやり場に困る」
偽りの姿から本当の姿に戻ったことで興奮しているのか。
ラビリアスは勃っていた。
腹が立って怒っていたはずが、この状態では取っ組み合いもできないと、レネゲイドは自分のお古をラビリアスに着せようとしたのだが。
「おい、ラビリアス?」
長椅子に押し倒された。
しなやかな裸身が真上に迫り、レネゲイドは最大級の戸惑いに心身を硬直させる。
「オジサンは……本当は誰が好きなんですか?」
眠る前、いつも気にかけていた俺の母さん?
それとも世界で一番美しかった強かお姫様?
「俺はあなたが一番好き、大好きです、オジサン」
闇に包み込まれた森。
獣たちが寝静まっていつになく穏やかな夜。
「あ……う……あ」
床に寝かされたレネゲイドが纏う服は派手に肌蹴て、その股間には……ゆっくり上下に動くラビリアスの頭が。
恥ずかしげもなく小刻みに立てられる湿った音色。
温かな口内につい厚みある腰を何度も反らしてしまい、レネゲイドは死にたくなる。
仕舞には立派な成長を些か遂げ過ぎな剛直が後孔を押し拡げて肉奥にまでやってきて。
生意気にも腰を突き動かして奥の奥を満遍なく擦り上げてきて。
「うぁ……あ……ッ……く、ぅ」
「オジサン……好き……大好き」
しっとり乱れる絹色の髪、切なげに濡れた碧い双眸。
初めての行いに周章しながらもレネゲイドの体は火照り、ペニスは屹立し、止まることない執拗な疼きにうねるように肉奥を収縮させて剛直を過剰に締めつけ、美しい青年の姿となったラビリアスに胸まで火照らせてしまう始末で。
いきなりこんなでかくなりやがって、ラビリアスめ。
「ヒゲ、好きだったけど……ない方がしやすいから、剃ってもらえてよかったです」
「ッ……!」
甘い口づけ。
喉奥まで優しく犯されながら後孔のずっと奥に剛直がしつこく打ちつけられる。
次第に極まりゆく二人の体。
いつしか激しい律動を共に刻み合い、深くなっていく交わり。
「あ……オジサン……」
「ラビリアス、お前……ッ勝手に一人で地獄に行くんじゃないぞ?」
「っ……うん、うん……うん」
「俺を置いてくな……」
「うん……ずっと一緒です……オジサン」
「鏡よ鏡」
魔女の血を引く女が囁きかけるは色褪せてしまった手鏡。
「レネゲイドがこの世界で一番愛する人は誰?」
「それは貴方様のご子息様です」
思わず微笑んだ魔女の頬にぽろりと涙の一雫。
「いやぁね、息子に横取りされるなんて」
end
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