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サンタのあのコは今宵しも-2

『とおる君、泣かないで?』 大好きだったクマ太郎を母親に勝手に捨てられて、一人きりの聖なる夜、ベッドでシクシク泣いていた透の元にその子はやってきた。 『おねえちゃん、誰……?』 『おねえちゃんじゃないんだけどね。ぼくはサンタだよ』 『……ほんとぉ?』 『ほんとだよ。ほら、証拠に、ね?』 『あ!』 捨てられたはずのクマ太郎を手渡されて幼い透は目を輝かせた。 『でもごめんね、クマ太郎ばらばらになってたから、ぼく、縫い合わせてみたんだけど。なんかちょっぴりダークなクマ太郎に生まれ変わっちゃった』 『かっこいい!』 生まれ変わったクマ太郎を抱きしめて頬擦りしている透にその子も嬉しそうに微笑んだ。 『よかった、とおる君』 そう言っておでこにキスを……。 「はい、どうぞ」 ぼんやりしていた透の目の前にコトンと置かれた皿。 甘いものが苦手な透が唯一好んで食べるケーキ、然るパティスリーの甘さ控え目なガトーショコラが乗っていた。 「あ、コーヒーも淹れ直してくるね」 「……これは夢なのか?」 透の問いかけにその少女は……いや、少年は笑顔で首を左右に振った。 「夢じゃないよ、とおる君」 昔と何も変わっていない彼は中級サンタの(みぞれ)といった。 まだ呆然としている透を気にすることなく、散らかっていたテーブル上をささっと片づけた霙、冷えたコーヒーカップをキッチンへ持っていく。 透は可憐な後ろ姿を目で追う。 クリスマスの次の日、捨てたはずのクマ太郎がやや姿を変えてベッドにいたことに驚いた母親は、気味悪がり、再びぬいぐるみを廃棄した。 泣きそうになった透だが、きっと次のクリスマスに、またあの子がクマ太郎をプレゼントしてくれると信じて、そして。 今の今まで忘れていた。 中学受験を控えて参考書を捲っている内に儚い思い出として記憶の底に沈んで今日まで浮上することはなかった。 「砂糖もミルクもなしのブラック、でも今日はちょっぴりミルクいれようね」 テーブルに戻ってきた霙が湯気と香り漂うコーヒーカップを透の前に置く。 「大きくなったね、とおる君」 サンタ帽から覗くサラサラ髪、黒目がちな双眸、瑞々しい唇。 チーク不要なくらい林檎色に染まった頬。 そんなきよらかな肌に落ちた、一滴の、涙。 「ごめんね、クマ太郎、渡すの遅れちゃった」 「君、は」 「プレゼントの配達先、自分で決められなくて、なかなかとおる君に当たらなくて」 「俺は、君のことを」 「でもやっと今日……」 ぶわりと溢れ出た涙が氾濫して、林檎色な頬に、ぽろぽろぽろり。 「また……クマ太郎、ダークになっちゃったけど……受け取ってくれるかな?」 前回にはなかった眼帯がついたクマ太郎をそっと手繰り寄せ、胸に抱いて、霙は透に涙ながらに笑いかけた。 俺は忘れていたのに。 この子はずっと思ってくれていたのか。 イスから立ち上がった透は華奢な霙を抱きしめた。 「泣かないでくれ」 その言葉を聞いて、温かな腕の中で、霙は幸せそうに目を閉じた……。

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