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鬼も目覚める丑三つ時-3

「冥府への道を我が結界に解き放ち地に這う化生を誘え、黄泉の長よ」 何時何処より現れたのか、狩衣を纏う一人の男が十字路に毅然と降り立つ。 腰元に一振りの立派な刀を差した由々しき振舞の者は、不可思議な事に、烏帽子の下に能面をつけていた。 烏の濡れ羽色にも似た漆黒の髪が夜風に流れて音もなくせめいでいる。 間もなく、夜は丑三つ時の濃い闇をその懐に抱こうとしていた……。   侍達の目の前に現れたるは巨大な三つ目の異形。 それは、紛う事なき鬼そのもの。 まっしぐらに向かってくるその鬼を見、侍達が絶叫するより先に、彼の男は動いた。 侍達の狭間を擦り抜け、己目掛けてやってくる鬼を睨み据え、水に濡れた手を頭上に翳す。 すると、どうした事だろう。 先程の水瓶から勢いよく水が迸ったかと思うと、男の掌の上に瞬時にして集まったではないか。 まるで刀の如く鋭く尖った水柱がーー。 「な、何と」 侍達が驚愕する中、男は水柱の剣を携えて鬼の懐に勇ましく飛び込んでいく……。 雑木林の暗がりから這い出てきたるは腕を六本も生やした異形。 それは、冥府に住まう醜き鬼そのもの。 女は悲鳴を上げた。 そんな女を庇うように若い僧は鬼の前に立ち塞がり、印を結ぶ。 「冥界より出てたる悪しき化生を汝の力で止め給え」 僧が澄んだ声で命じるなり、木々の蔓、枝葉、土深くに埋もれていた根が一斉に躍り出て縄さながらにしなり、鬼の身に幾重にも取り付いた。 自由を奪われた鬼の凄まじい咆哮が辺りに轟く。 しかし僧は恐れる気配を億尾にも出さず、凛とした眼差しを放ち、鬼に向かっていく……。 川の水面より浮上したるは二つの頭を持つ異形。 それは、世にも恐ろしき姿形の鬼そのもの。 町人はまたも腰を抜かして震え上がった。 そんな人間を見つけ、鬼は激しい水音を立てながら橋の方へとやってくる。 女は、番えていた弓を放った。 白羽の矢は夜を切って鬼を目指す。 いつの間に眩い炎を矢尻に擁して、方向を違える事なく。 矢は見事、鬼の頭の一つに的中した。 「ギィエエエエエエエエ!」 炎に包まれた頭はおぞましい断末魔を上げ、もう一つの頭は怒り狂い、橋に立つ女を食らおうと四つん這いで土手を這い上がってくる。 女は素早く背中の矢筒から次の矢をとり、構えると、身の毛もよだつ巨躯の鬼をいざ迎え打たんとする……。 若者を追って暗闇からその身を曝すは体中に口を生やした異形。 それは、卑しき飢えに忠実なる鬼そのもの。 凍りついた若者を押し退けて男は扇を翳す。 そして、舞というよりも寧ろ刀なんぞを振るう仕草で鬼目掛け風を走らせた。 男が送った風は見えぬ刃でも隠し持っていたか。 突如、鬼の身に刀傷が刻まれて、赤黒い血がどっと噴き出た。 「か、鎌イタチか?」 驚いた若者に男は笑いかけ、首を左右に振った。 「俺は風を従える、ただの人間さぁ」 そう答え、深手を負い悶え苦しむ鬼との間合いを保ちつつ、再び扇を翳して攻撃の姿勢をとる……。 四つの方角から人とは異なる足音が聞こえてきた。 背後からは、滑る皮膚を炎に焦がされて黒く爛れた鬼。 右手からは、全身を水と血で濡らした鬼。 左手からは半身がもげかかっている血みどろの鬼。 前方からは、草木に一寸なく縊られて息も絶え絶えの鬼。 それぞれの方角からやってくる四つの鬼は十字路に立つ能面の男を見つけて、口々に叫ぶ。 「人のくせに面妖な力を持つ輩に追われておったが、」 「あれの肉を喰らい、」 「我が力に変えて、」 「あの輩も食らってやるわ」 鬼の爪と牙が迫る中、能面の男は少しも焦らず騒がず、腰の刀をすらりと抜いた。 「我を人と思うか、下賎なる悪鬼共よ」 その声を耳にした四つの鬼は、聞き覚えのある響きに愕然となり、目玉が震える程恐怖したが、時すでに遅し。 刹那の一閃により四つの鬼は同時に斬られ、冥府の道から伸ばされた巨大な手にむんずと捕まえられ、あっという間に地上から消え失せた。 「……妖鬼の主が其処にいるのは何故ぞ……」 地の底より轟くような声音が何処からか響き渡る。 能面の男は美しい白刃に纏わりついた血を払い、鞘に収め、その場に片膝を突いた。 「己の配下、茨木に封印されていたところを人に救われ、その恩を返しているところ」 今度は、四つの方角から人の足音が聞こえてきた。 不穏な音色を伴って轟く声は最後に能面の者にこう言い残し、消えた。 「騒ぎすぎるな、妖鬼の主、酒呑童子よ……」

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