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徒然時々恋模様のち…/年下ノンケ←←自由人
夢うつつにドアの開く音を聞いた。
「う……ん」
胃がもたれていた。
頭も痛い。
どうしてだろう、昨日、俺は何をした……?
いやに寝心地が悪いな。
がさがさと、今度は何かを漁っているような物音がした。
「んん?」
誰かいる。
鍵、かけ忘れたかな。
俺は目を開けるのが億劫で、唸ってみた。
すると物音はすぐに止んだ。
ぺたぺたと足音が近づいてきたかと思うと額に手を当てられた。
「……タケシ?」
今現在最も親しい、一回り以上年下となる相手の名を呼んでみた。
返事はない。
手が離れていき、小さなため息一つ。
それは明らかにタケシのものではなかった。
俺は細目でそいつを確認してみる事にした。
慎重にゆっくりと瞼を持ち上げ、恐る恐る視線を紡ぐ。
そいつは見知らぬ他人だった。
「……えっと?」
自分を見下ろしていたそいつともろに目が合ってしまい、俺は動揺しながらも質問した。
「誰?」
部屋にも見覚えがなかった。
寝心地が悪いのもそのはずだ、俺はソファに寝かされていたのだ。
真っ赤な布地の三人掛けで、その上で俺はブランケットに包まっていた。
そいつはにこりと笑うでもなく機嫌のわかりづらい声で「太田」と自分の名を告げた。
「ここ、貴方の部屋の下だよ」
「へ?」
「昨日の夜、アパートの階段で寝てたんだけど。覚えてる?」
俺はようやく昨晩の出来事を思い出した。
一人の酔っ払いに絡まれて居酒屋に連れ込まれ、酒を奢ってやったんだった。
下戸だって説明したのに無理矢理ご相伴させられて酔っちゃったのか。
そんで何とかアパートには帰ってきたものの、階段の途中でダウンしてそのまま就寝したってわけか。
「ああ、そうだったかぁ」
記憶が蘇って一人納得する俺をそいつはぼんやりと眺めていた。
「じゃあ、君はくたばってた俺を介抱してくれたわけだ」
「介抱っていうのは大袈裟だけど」
「太田君、下は何て言うの?」
「滋 」
「そう、滋君。どうもありがとう」
とりあえず礼をして、さてどうしたものかと滋君の顔色を窺った。
親切な滋君は「まだ寝てていいよ」と言ってくれた。
滋君はなかなか整った顔立ちをしていた。
少し長めの黒髪で毛先には緩い癖がある。
くっきりした二重瞼の双眸は黒目がちで愛くるしい。
それでいて顎の無精髭が似合っていた。
背が、俺より低い。
「俺、そういう趣味ないよ」
俺は目を丸くして滋君を今一度見直した。
「たまに聞こえてくるんだよね。音とか、声。天井軋むし」
「……どうもすみません」
なるべくアパートでセックスするのは控えているつもりなのだが、あの馬鹿、タケシの盛り野郎が「声、我慢しながらやるのもいいだろ」と迫ってくる。
甘い俺はついそれを許してしまう。
そして声どころか音まで洩れて他人に害を被っていたようだ。
「ヘッドフォンして聞かないようにはしてたけど」
本当に、滋君。
君は何ていい奴なんだ。
「あ、おにぎり買ってきた。コンビニの。食べる?」
そんなに優しくされたら惚れちゃうじゃないか……なんちゃって。
俺は体を起こした。
お気に入りのブルゾンは酒臭く、頭の中はふわふわしていた。
久々にまともに飲んだ酒が体にかなり堪えたらしい。
まだ完全に抜けていないようだし口の中も気持ち悪かった。
「大丈夫?」
悶々としている俺の背中を滋君は擦ってくれた。
「……滋君って、いい子だね」
「別に」
滋君は照れるでもなくぽつりとそう言った。
「俺はね、伊東育生 。三十五歳。ヨロシク」
「えっ、三十五」
それまでポーカーフェイスだった滋君は驚いて俺の顔を繁々と見つめてきた。
「見えないよ。肌とか髪、きれいだし」
「あ、そう? 長いでしょ。いつの間にかどんどん伸びちゃって」
以前は奇抜なカラーに染めたりドレッドのエクステをつけたりして遊んでいた。
が、もう面倒臭くなって手つかずの伸び放題にしていたら、いつの間にか鎖骨を超す長さになった。
色々弄っていた割に目立った傷みはない。
手首に引っ掛けていたヘアゴムで視界に邪魔なサイドをさっとハーフアップで結ぶと、結び切れなかった前髪がぱらりと両頬にかかった。
「ドレッドの時もあったよね」
「あれは手間がかかるからすぐ止めたんだよねぇ」
「ていうか、三十代には見えない、本当」
呑気な会話の最中、滋君は鮭おにぎりとミネラルウォーターのペットボトルを俺に手渡してくれた。
「この部屋、ベッドないね」
「前はあったけど。友達からそのソファをタダでもらって、ベッドは別の友達に売った」
「へぇ」
「買いたいレコードがあって」
ソファの向かい側にはステンレスの棚があった。
シルバーのオーディオが中段を陣取っていて、上下にはCDとレコードが所狭しと並んでいる。
床にはレコードプレイヤーも置かれていた。
「音楽好きなんだ」
「好きだよ。フェスとか行く。面白いよ」
「ダイブするんだ?」
「ガキの頃はしょっちゅう」
面白いくらい心地いい空間だった。
このリラックス感は何だろう。
初対面だというのにもう長年の月日を一緒に過ごしてきた友人同士みたいだ。
波長でも合うのかな。
ソファに座る俺はラグにあぐらをかいている滋君の旋毛を見つめた。
絶対、彼女とかいるんだろうな。
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