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徒然時々恋模様のち…-2

「滋君は学生?」と、尋ねると首を左右に振られた。 「服屋の店員。後、レンタルショップでもバイトしてる。さっきまで働いてた」 「あれ、今何時だっけ」 「朝の八時過ぎ」 「じゃあ眠いでしょ」 「そうだね、眠い。夜勤はきつい。でも給料まぁまぁだからね。頑張れるよ」 おにぎりを食べ終えた俺は滋君にソファを譲り、ラグに座り込んだ。 滋君は横になってクッションに頭を埋めた。 「でも、それ、寝づらくない?」 「もう慣れた」 ブランケットを蹴飛ばして背もたれの方に顔を向ける。 寝息が耳に届いてくるのに五分もかからなかった。 俺はラグの上に足を伸ばしたまま、じっとしていた。 「帰れ」とは一言も言われていない。 なら、いてもいいのだろう。 何だかとっても滋君が気に入ってしまった俺はわくわくしていた。 こんな気持ちは久し振りだった。 「ん……」 滋君が寝返りを打った。 こちらを向いた寝顔は少々あどけなくて、やっぱり可愛かった。 全然知らなかった、こんな子が住んでいたなんて。 俺って周り見ないもんなぁ。 このアパートの住人なんて今日まで一人も知らなかったし……やっぱりみんな迷惑してんのかな、うわぁ、恥ずかしい。 俺はソファに肘を突くと犯罪ギリギリの至近距離で滋君を見下ろした。 あーホント可愛い。 何でこういう子が同類じゃないんだろう。 つまんないの。 でも、そんなもんだよな、現実って。 滋君が目覚めたのはそれから約七時間後のおやつ時であった。 「あ、いたんだ、まだ」 背伸びをして、俺を見て、のほほんと言う。 まるで悪意のない子供の呟きみたいだった。 機敏に立ち上がってそのまま洗面所へと顔を洗いにいく。 俺はソファに頭を預けてぐうたらな姿勢となった。 「何してたの。俺が寝てる間」 戻ってきた滋君に問われて「呆けてた」と答えた。 滋君は別段気にもならなかったらしく、もう一度思い切り背伸びをした。 「お腹減った。ラーメン食べようかな。育生さん、食べる?」 育生さん。 ああ、滋君がそう呼んでくれるなんて嬉しいよ、うん。 「食べる」 「味噌だけど。あ、醤油もあったかな」 「どっちでもいいよ」 心なしか滋君の態度にも親近感が増しているような気がした。 うわぁ、嬉しいな。 何か幸せだぁ、あはは……。 不意に間延びしたチャイムが鳴った。 ガスコンロの前に立っていた滋君が「どうぞ」と、大声を上げる。 すると「お邪魔しまぁす」と能天気な声が玄関先で響いた。 「オータ君、新情報あるんスよ。駅前のカフェで来週末に俺の好きなユニットが、うわぁ!」 それが人を見てとる態度か。 そう思わず言いたくなる過剰なリアクションに俺はこっそり憤慨した。 「な、何でこの人いるんスか、オータ君」 「この人、真夜中に階段で寝てたんだ。酔っ払っててさ。昨日ちょっと寒かったから、放っておいたら風邪引くかと思って。仕事行く前に俺の部屋に運んだの。伊東育生さんって言うんだって」 「伊東育生デース」 やれやれ、せっかく滋君といい雰囲気だったのに変な客が来ちゃったな。 そいつは物珍しそうな目つきで不自然な会釈を寄越してきた。 「松尾です……こんちは~……」 松尾は天然なのか人為的なのかわからないごわごわした髪型で、胡散臭い容貌をしていた。 矢鱈と顔色が悪い。 見るからに面白そうな奴だった。 「びっくりした~……デキちゃったのかと思いましたよ、一瞬」 「違うよ」 滋君があっさり否定する。 ラーメン作りに没頭し始めた彼をちらちら見ていたら松尾が自分をちらちら見てくるので、これはいかんと思い、松尾を真正面から見てやった。 「松尾君もこのアパートに住んでるんだ?」 「あ、はぁ。見た事でもあるんスか?」 「ううん。ただ、俺がゲイだって知ってるみたいだから」 松尾は吹き出した。 はは、典型的なリアクションする奴だなぁ。 「やっぱ、そうなんスか」 「そうなんですよ」 「いや~……こう近くで見ると白いんスね、イトーさん。喋り方とか舌足らずで」 余計な事言うなよ、馬鹿。 「あはは、舌足らずかな、俺」 「舌足らずスね。カ行ちゃんと言えてませんよ」 チェック厳し過ぎるぞ、おい。 滋君がラーメンを運んできてくれたので間抜けな会話は一時中断された。 滋君は器によそった分を俺に、自分は鍋から直接食べ始めた。 気配りも利いている、いやはや、よくできた子だ。 「ねぇ、イトーさんって舌足らずスよね、オータ君」 「あ、そうだね。変な喋り方だね」 うーん、滋君から言われても全然むかつかない。不思議だなぁ。 「松尾君はフリーター?」 「俺は学生スよ」 「……何歳?」 「二十歳です」 ふーん。 老け顔なんだな。 顔色悪いし。 無言でラーメンを食する滋君に何の断りもなしに松尾は陳列されているCDを探り回し、オーディオにセットして再生した。 パンク系の音楽が流れ出す。 英語の歌詞だ。 だけど邦楽である事は発音の拙さでわかった。 「あ、そうそう。来週末、あのカフェにですね……」 若い二人は音楽話に花を咲かせた。 俺はずるずるラーメンを啜りながらそんな二人を眺めた。 「この前解散したバンドのメンバーも来るんスよ。これは行かなきゃならんでしょう!」 「行きたいね」 「来週末って事は、もう来月ですよ。四月ももう終わりだなんて早くないスか?」 そっかぁ。 若いのは時間の流れが早いのか。 俺はめちゃくちゃ遅いけどね。 ああ、でもそれって年だからとかじゃなくて俺の場合だけかな。 毎日暇してるもんなぁ。 「育生さんは仕事してないの」 突然、質問の矛先を向けられた俺は滋君に向き直った。 「ん?」 「何かいつもふらふらしてるっぽいから」 「何かやばい仕事してそうスね。てか、そんな髪型だったら普通の会社員ではないでしょう」 「まーね」 今まで俺は仕事という仕事を経験した事がない。 つまりバイトも、だ。 それを告げると二人の若者は目を剥いた。 「これまでどうやって生活してたんスか? てか、今は?」 「お家が金持ちでさ。いいとこの坊ちゃんってやつ?」 「いいな、それ。最高だよね、そういうの」 器の底を箸で引っ掻き回しながら俺は肩を震わせた。 「ところがそうでもなかったりするんだよねぇ」 「?」 「俺の両親、父方のジジババから結婚するの反対されててさ。とうとう父親は家を飛び出して母親と一緒になったわけ。泣けるでしょ」 で、俺が産まれて程なくして二人とも事故で呆気なく他界。 「母親に親戚はいなくて、ジジババが引き取ってくれたんだけど。俺の父親って長男だったんだよね。すごく可愛がられて育ったらしいんだけど、いきなり家出した末に死んじゃったわけでしょ。ババ様は母親を死んでも許せなくて、俺は皮肉にも母親似で。庭で転んでも縁側で見てるだけって事とかあったなぁ」 「ありゃりゃ……」 「そうなんだ……」 自分で言うのも何だけれどホント複雑極まりない子供時代。 その上、下の叔父に当たる伊東家の三男坊に夜な夜な悪戯されていた。 これは絶対誰にも言えない。 湿っぽい話に同情されるかと思いきや若者二人は意外にも現実的だった。 「でも金持ちなんだよね」 「やっぱりいいスよ~バイト一回もした事ないなんて何なんスか、一体」 「……うん、そうだね」 やれやれ。 同情されるの、好きなのに。 リアルな事ばっか言いやがる。 ラーメンを食べ終えた滋君は俺の器も持って流しに運んでいった。 水を出し、早速洗い物を始めている。 食器のぶつかり合う些細な音が聞こえてきた。 ……今日、何曜日だっけ。 「あ、日曜です。何かいいスね。イトーさん、放浪人って感じスよ」 何がいいんだか。 別に毎日あくせく働いて社会に貢献している奴だっていい感じじゃないの。 ていうか、眠い。 「眠い」 「寝てないんスか?」 「うん。ちょっと寝る」 人の家で勝手に寝ようとする自分も自分だが、それを平然と見送っている松尾も松尾だ。 滋君はまだ流しに立ったままだった。 ま、いーか……。 重低音で鳴り響く音楽を背にして俺はソファに引っ繰り返った。 歌詞は「どうなってんだよ」の繰り返し。 ふざけた奴が得して、真面目な奴が損をする。 日本語訳するとそんな内容だった。 そうだね、やっぱり世間ってそんなもんかもね……。 滋君と松尾の話し声が遠退いていく。 俺は芳しいラーメンの残り香を嗅ぎながら安穏とした眠りに呑み込まれていった。

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