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徒然時々恋模様のち…-4
夢を見た。
海岸沿いの豪華なホテルに宿泊していたらプールに人食いシャチが現れて大騒ぎ。
俺は足を滑らせてプールに落ち、あっぷあっぷしながらクロールで逃げていたら目が覚めた。
二度寝した後に見た夢で、起きるともう外は明るく昼時のようだった。
滋君は帰ってきていない。
彼女のトコかな。
俺はソファにあぐらをかいて寝癖のついた髪を弄りながら考えた。
同年代の学生かフリーターか。
同じ趣味の、可愛い女の子。
洗練されたお洒落さんって感じの。
身長は彼女の方が少し高くって。
っち、妬けるじゃないか。
なんていうのは嘘。
彼女がいたって別にいいもんね。
彼女なんか、眼中ない。
デートでもしてりゃあいい。
滋君と共有できる時間があればそれだけでいい。
だから早く帰っておいでよ、滋君。
目を閉じて、見えない壁に押し潰されるような圧迫感を覚え、俺は慌てて目を開けたのだった。
「綺麗な寝顔ですよね。やっぱり女顔です」
「そうかな」
「でも、これだったら女子にもモテるでしょ。何でホモなんだろ。もったいない。何か、この人ずるいスよ」
「何が?」
「金持ちで顔よくて。バイトした事ないし。苦労知らずって感じで」
おうおう、言いたい放題言ってくれちゃって。
「何かデキすぎですよ、不公平スよ」
「ふぅん」
「……ん」
「あ、起きましたかね」
とっくに起きてんだよ、馬鹿。
「イトーさーん」
「ん……あ、おはよ」
「もう夜スよ」
俺はやっと視界を開いてラグに座る二人の若者を見下ろした。
「また酔っ払ったんスか? オータ君トコで寝ちゃって」
「物騒だから留守番しようと思って」
「入んないって、泥棒なんか」
滋君は怒った様子もなく、カフェのイベント告知のフライヤーを覗き込んだまま言った。
「育生さん、泥棒に入られた事あるの」
「いや、ないけど……でも全然知らない女がいた事はあるよ」
「うわ、それ怖ッ」
「すぐ謝って出てったけどね」
「俺にストーカーなんていないよ」
「……やっぱりそうだったのかな、あの人」
「他に何があるんスか」
俺はやっとあの女の正体がわかって一人大いに納得し頷いた。
若者二人は顔を見合わせて、苦笑いした。
「世間知らずっていうんですかね、何か楽天的過ぎて怖いスよ」
「いいとこの坊ちゃんってそんなものなのかな」
「それでもねぇ、何とか三十半ばまで生き抜いてきたのよ」
松尾が眉間に皺を寄せた。
あ、そういえばこいつに年齢教えていなかったっけ。
「俺、三十五なのよ」
「え、え? 三十五? 三十五?」
「うん。もう三十路真っ只中」
「……俺、オータ君と一緒で二十八歳くらいかなって……」
今度は俺が眉間に皺を寄せる番だった。
え、誰が二十八歳だって?
滋君は話に入らずにフライヤーを見続けていた。
「オータ君、二十八歳ですよ」
「……二十歳くらいかと……」
「オータ君、とっくに大学出てますよ」
俺は、滋君はてっきり大学に進学せずに仕事している二十歳前後の青年かと思っていた。
それが二十八だなんて、め、めちゃくちゃ童顔じゃないか……!
俺は滋君の年齢にただただ驚きながら、まじまじと彼の顔を眺めた。
滋君は知らん顔でカップラーメンを食べ出した。
松尾も食事中で茶碗によそった白ご飯をかっ込んでいた。
「……滋君、いつ帰ってきたの」
「一時間くらい前」
「昨日もラーメン食べてたよね」
「うん。百円しないやつ。節約で。ご飯はマツの実家から送ってもらったものなんだ」
大盛りの白ご飯がどこか物悲しい。
俺だってカップラーメンはよく食べる。
だって簡単だから。
水を沸騰させて注いで三分待つだけだもん。
まぁ、三分きっちり計った事は一度もないけれど。
でも、この若者……というか、老け顔の学生と童顔の青年は節約のためカップラーメンを食べている。
カップラーメンが死ぬ程好きだから毎日食べているというわけではない。
飽き飽きしながらも耐え忍んで啜っているのだ、きっと。
二人が食べているのを見ていたら腹が空いてきた。
今日、まだ何も口にしていないのだから当然だ。
しかしさっきの話を聞かされて催促できる程、気配りのない俺じゃない。
「何か食べたい人」
食べている最中に何を言っているんだ、という顔で見られた。
俺は明後日の方を向いて咳払いした。
「いや、あのね、何か食べに行こうかと思って。誰か付き合ってくんないかなと」
「カップラーメンあるよ」
「いいよ、節約してるのに他人が食べたらまるで意味ないでしょ。何か奢るよ」
松尾の方は乗り気のようだが滋君を気にして自ら誘いに乗ってこようとはしない。
当の滋君はカップラーメンの底を見つめていた。
ああ、そうだよね、昨日奢ってもらったばっかりだしね。
遠慮したくなるよね、そりゃあ。
「俺、牛丼以外だったら何でもいいよ」
「え、牛丼奢ってもらったんスか! いいなぁ。あ、何か牛丼食べたくなってきたな~」
「だから牛丼以外だって」
束の間唖然としていた俺は我に返って提案した。
「餃子食べない? 炒飯もおいしいトコ知ってるよ」
「あ、ニンニク系は駄目でして……この際マックでいいんじゃないスか」
「それは平日にしょっちゅう食べてるから。モスがいい」
「え~マック駄目スか。ならミスドは?」
「ロッテリアでいいんじゃない」
どうしてこうもファーストフードの店ばっかり上げるんだろう。
まぁ可愛らしいけれど。
「ファミレス行こうか」
俺の無難な発言を二人は快く受け入れた。
「松尾君は今日大学だったんだよね」
「はぁ。もう疲れちゃって……だるいス」
「思ったけど、松尾君って小さいツを入れないで何々ス、ってよく言うよね」
「そうスね」
「何かマツらしいよ」
といったこの上なく和気藹々とした会話を交わしながら滋君の部屋を出、俺と二人は表通りに向かった。
「今、何時かわかる人」
「八時ちょっと過ぎ」と、携帯を見た滋君が答えてくれた。
成る程、車が多い。
車道は混雑気味でたくさんのフロントライトが鬩ぎ合っていた。
飲食店をいくつか通り過ぎ、ガソリンスタンドで威勢のいいお兄さんが上げるかけ声を聞き流して、アパートから一番近いファミレスに到着する。
駐車場はほぼ満車状態にあった。
階段を上ってドアを開くとウェイトレスの女の子が鼻にかかった声で「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
喫煙席しか空いていないと言われ、独断でオッケーし、席まで案内してもらった。
「別、よかったよね。喫煙席でも」
「全然いいス。そういえばイトーさんは吸わないスよね、煙草」
「うん。松尾君は?」
「健康によくないから断然禁煙です」
「あっそ。滋君は?」
松尾を隣にしてメニューを覗き込んでいた滋君は「昔は吸ってたけど高くなったから」と、単調に答えた。
先程のウェイトレスが注文を取りに来た。
ラーメンライスを食べてきていた二人はセットメニューをさらりと頼むとテーブルに頬杖を突いた。
ぼやけた煙がふわふわ浮遊していた。
隣のテーブルには二人組の女の子が着席していて、どちらの指にも煙草が挟められていた。
ラメ入りのマニキュアが爪に塗り立てられている。
なかなか綺麗な手をしていた。
女の子の一人と目が合ったので俺は滋君の方を向いた。
「二人、実家どこなの」
「岡山」
「俺、大分ス。イトーさんは地元スか?」
「うん。大分って、別府だっけ。温泉あるよね」
「あります。地獄温泉とか。蓮とか綺麗なんスよ。鰐もいます」
「鰐地獄? うわ、絶対そんな地獄には落ちたくない」
「あんま行った事ないスけどね。今もいるのかどうかわからないス」
女の子の一人が席を立った。
ちらっと、こちらを見た。
緩くカールされたキャラメル色の髪にピンクのニット。
グレーのミニスカート。
派手な化粧で瞼も爪と同様キラキラしていた。
滋君はテーブル一点に視線を落としていた。
関心はないようだ。
俺は間抜けにも一安心して背もたれに深々と身を沈めた。
「イトーさんの髪って女子に近いサラサラ感ありますよね」
突飛な松尾の発言に俺は苦笑した。
「へぇ、そうかな」
「髪伸ばしてる人って多いスけど、パサついてたり天パ入ってたりで。そんな綺麗じゃありませんよ。もしかしてトリートメントとか使ってます?」
「いや、さすがにそれは」
「結び切れなかった髪が頬にかかってるのも女子っぽいです」
「普通の野郎だったら、あ、って思うけど、育生さんだからこそできる髪型だよ。似合ってるし。好きだよ、俺」
「どうも、どうも」
クールに返事をしたものの、内心かなり浮き足立っていた。
ガッツポーズしたい気分。
わーい、滋君に好きって言われちゃったよ!
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