232 / 259

徒然時々恋模様のち…-5

そうこうしている間に料理が運ばれてきた。 食が細そうに見えるくせに一番に平らげた松尾は俺と滋君が食べ終わるのを手持ち無沙汰に待っていた。 奴があんまりにも物欲しそうな目で見るので、残っていたカツを一切れ分けてやった。 滋君が次に食べ終え、俺がのろのろと味噌汁を飲んでいる間に、隣の二人組が店を出て行った。 松尾はわざわざ振り返って彼女達が去ったのを確認してから、 「今の二人、すっげーオータ君を見てましたよね」 「そうだった?」 水を飲み、滋君はさも興味なさそうに言った。 「育生さんを見てたんじゃない。俺じゃなくて」 やっと器を空にした俺も水を口に含んだ。 唇に氷がぶつかる。 そういや、最近キスしていないと気づいた。 食後のコーヒーを飲んで俺達は店を出た。 昨日と比べて随分と暖かい。 滋君は半袖でも余裕そうだった。 夏なんかあっという間に来る。 去年は暑さを凌ぐために北海道へ逃げたのだが、さて、今年はどうしようか。 避暑地の別荘にでも引き籠もるか。 滋君を連れて。 何なら滋君の彼女も連れて。 そんで松尾もついでのついでに。 「あ、月だ」 空を見上げた滋君が呟いた。 俺も空を見た。 円形の月がまるで暗闇に開いた穴のようにぽっかりと浮かんでいた。 「明日晴れるかな」 「晴れる晴れる。いい天気になるよ、うん」 鈍間な歩調で足を進め、アパートに到着した。 松尾は「ごちそうさまでした!」と、馬鹿丁寧なお辞儀をして滋君の隣の部屋へと戻っていった。 「ごちそうさま」 滋君は相変わらず鍵が開けっ放しのドアノブ片手に頭を下げた。 「何か奢られてばっかりだよね」 「また奢らせて。楽しいから、君達と食べるの」 俺は滋君がドアを閉めるのを笑顔で見届けるつもりだった。 が、自分の部屋の暗闇を思い出し、つい足が伸びた。 まるで狡猾なセールスマンの如く細い隙間にスニーカーの先を突っ込んだ。 「ごめん、滋君のとこ、いさせてくれないかな」 まだ眠れない。 一日中寝ていたから、夜は長いから。 「いいけど」 適当な言い訳がないかと必死で考えていたら、その返事。 俺は肩の力が抜けてしまった。 「いいよ、入って」 滋君がドアを大きく開けてくれたので俺は慌てて中にお邪魔した。 そっか。 本当に滋君は俺を友達として見ているのか。 ゲイでちゃらんぽらんな男に対する警戒心も何ら持たないで。 ふぅん、そうかそうか……。 スニーカーを脱いで滋君の後に続いた。 出かける直前に食べていたカップラーメンが流しに放置されている。 滋君はそれを水ですすぎ、泡立てたスポンジで食器を洗い出した。 俺は、もう自分の居場所の定番となってしまっているソファに座った。 手早く洗い物を終えた滋君がレコードプレイヤーにレコードをセットしている。 ジャズにも近い大人びたサウンドがかかり、俺は滋君の多彩な音楽趣味に舌を巻いた。 滋君がラグにぺたりと腰を下ろした。 ワンルームの部屋の中、彼との距離はいつもながらに近かった。 「明日も仕事だよね」 「うん。服屋の。昼からだから、すごく楽」 「ふぅん」 「仕事二つ掛け持ちで何とか貯金してるよ。いつか店開きたいと思って。レコードの。でも、いいやつ仕入れるためには外国に行かなきゃならないから、いっそイギリスとかで語学学校通ってちゃんと勉強したいんだよね」 あれあれ……もしかして滋君、夢を語ってる?  俺、すっ……ごく嬉しいんだけど。 「でも行きたいフェスとかイベントがあって、すぐ金使っちゃってさ。纏まった額になかなかならない。俺も後ちょっとで三十だし、もっとちゃんと決意固めるべきなんだろうな」 「大丈夫。夢なんかいつだって叶えられるって」 「育生さんは夢ないの」 「ないよ」 即答すると、滋君はフフ、と笑った。 「年上の人って結局は説教したがるよね。甘い、とか、自分の経験上それはうまくいかない、って。でも育生さんにはそれがない」 「万人受けする立派な修羅場踏んでないからね。よくわかんないもん」 滋君の話を聞くのはもちろん楽しかった。 年上らしい意見を言えない俺を馬鹿にもせず、うん、と頷いてくれたりして。 軽蔑せず邪険にもしなかった。 滋君が歯磨きをしに洗面所へ向かった。 床に転がっていた携帯のディスプレイを覗くと零時を過ぎていた。 「そろそろ寝ようかな」 ポロシャツとデニムのまま滋君は就寝するようだった。 風呂は朝に入るのだろう。 さて、俺はどうしよう。 滋君の出方で様子を見るか。 「育生さん、部屋戻らなくていいの」 「ここ居心地よくてさ……泊まっていい?」 「別にいいけど。じゃ、ちょっとずってくれる」 「え? や、いいよ。俺は床で寝るから」 どぎまぎしながら俺がソファから退こうとすると滋君はきょとんとした。 「寝れるよ、二人でも。床だと痛いよ」 し、滋君、俺がゲイだって事を忘れているんじゃないだろうな。 俺の心が青ざめているのも知らないで素早く電気を消した滋君は隣に横になった。 いくら幅がたっぷりあるといっても密着せざるをえない。 顎のすぐ下には滋君の頭がある。 滋君が小柄で、俺が細身なのでやっと収まったという感じだった。 うわぁ。 こんな密着しちゃっていいわけ。 滋君、ちょっとくらい警戒してくれてもいいんじゃない。 これじゃあ下心に火が点いて、でも手を出したくても出せなくて参っちゃうよ。 普通の男友達同士、こんな状況は珍しくない。 雑魚寝、どこでだって有り得る。 だけど俺はゲイなんだよ、滋君。 嬉しいようで、ちと、つらい。 滋君は寝つきが抜群にいい。 もう寝息を立てていた。 また昼中寝ていた俺は目が冴えていて睡眠の「す」の字も一向に見えてこなかった。 ああ、何て無情……。 アーメンなんて口にした事もないけれど神様に祈りたい気分。 どうか勃起しませんように。

ともだちにシェアしよう!