234 / 259

徒然時々恋模様のち…-7

今日は薄曇の天気だった。 昼飯を簡単に外で済ませて目的地まで急ぐでもなく歩く。 若者向けの店が並ぶ通りで、休日という事もあり多くの客で賑わっていた。 松尾は滋君の部屋でまだ寝ていた。 今日が祝日だと、いつにもまして顔色の悪い彼から教えてもらった。 ゴールデンウィークも間近らしい。 ま、俺には関係ないけどね。 松尾が寝惚け眼にしてくれた道順の説明を思い出してコンクリートが打ちっぱなしのビル一階に入った。 「いらっしゃいませ」 間違えたかな、と思った。 レジがあるカウンターには女の子一人しかいない。 後は女の子の客が三人。 「上にメンズもありますよ」 店員の女の子に言われて狭い階段を上り、俺は目的地に辿り着いた。 「あれ、育生さん」 服を並べていた滋君は目を見張らせて俺に挨拶した。 「松尾君に聞いてね、来ちゃった」 上のフロアは下より客が多かった。 殆どが女の子だ。 メンズの服を買う女の子なんて珍しくない。 だが、この子達は服を買いに来たというよりも滋君を見るために来店しているようだった。 明らかにこちらを気にしている。 「……モテるね、滋君」 「はい? あ、いらっしゃいませ」 客がカウンターにやってきたので滋君はてきぱきとレジを打ち、服を紙袋に包んだ。 仕事している滋君も可愛い。 これじゃあ、ファンだってできちゃうよねぇ……。 ふと階段下から騒がしい話し声が響いてきた。 「こんにちはぁ、オータ君」 階段を上ってきたのは三人組の女の子。 セーラー服で、化粧バッチリで、睫毛がとても重たそうだった。 しかし一体全体この馴れ馴れしさは何だろ? 「何か新しいの入った?」 「入ってないですよ」 「ねぇ、この前撮った写真いろいろ加工したんだ、見て!」 げ、写真?  どっかのイベントで一緒だったとか? こいつ等って滋君とそんなに親密なの? 三人組の一人が肩に提げていたバッグからスマホを取り出した。 俺は首を伸ばして盗み見し、胸を撫で下ろした。 写真はここで撮影されたものだった。 正に今立っているカウンターの前である。 何だ、焦って損した。 三人組が盗み見している俺に気づいた。 「この人、新しい店員?」 「えーー」 「そうだよ、今日入ったばっかり、ヨロシクね」 滋君が珍しく驚いていた。 俺は知らん顔で三人組と向かい合った。 「君はこれとか似合うんじゃない」 「え。でもちょっと大きいよ」 「君くらいのスタイルだと余裕持たせて着ても全然おかしくないよ。こういう服って細い人の方が断然似合うんだから」 「……そうかなぁ。じゃあ買おっかな」 「で、君はこれかな。色白いからさ、こういう色かなり合うと思うんだ。うん、似合うね。値段もかなりお得だし、次来た時はもうないよ。いいって思うやつはさ、大体みんながいいって思ってるから。早い者勝ちだよ」 「……だよね。買っちゃおうかな」 「君はね、これ。このボーダー可愛いでしょ。重ね着すれば今時期からでも着れちゃうし。絶対重宝するよ」 「買う!」 滋君は呆れ顔。 三人組は完全に俺の手中。 俺は満面愛想笑い。 「ありがとうございましたぁ」 ちょろいもんだよ、ふふ、俺って詐欺師になれるかも。 買い物で満足した三人組が階段を下りていくのを横目に滋君は言った。 「本当にバイト経験ゼロ?」 「ゼロ。すごいでしょ」 「詐欺師とか向いてるんじゃない」 さすが、滋君。 俺の才能見抜いたね。 「そろそろ、もう行くね」 「うん。また来て、手伝ってよ。ありがとう」 俺は踵を返して階段を下りようとした。 丁度女の子が一人上がってきていたので、彼女がフロアまで上りきるのを待って、一歩下へ踏み出した。 「シゲル」 何段か下りたところでその呼び声が耳に届いた。 顔を上げるが、もう視界には入らない。 俺は一瞬空白を彷徨って、後戻りせず、階段を下りていった。 滋君、滋君。 どうして君は滋君なの。 彼女の存在を間近にして、やや自失気味。 うーん、すべて強がりだったか。 いや、んなこたぁない。 彼女がいたって滋君は滋君じゃないか。 ソファに寝そべった俺は頭の下で両手を組んだ。 静かに流れる重低音のサウンド。 僅かな振動が鼓膜に心地いい。 滋君と出会ってまだ一週間も経過していない。 手に入らないものだから、こんなに高まってしまうのかな。 実力行使はもう飽きた。 大体、嫌われたくない。 幻滅されたくない。   自動車の走行音がアパートの外を通り過ぎていった。 そうか、これは恋なんだ。 何て厄介な。 手も出せず結果にただ怯えてる。 ああ、落ち着いて考えろ。 今の状態なんてベストなもんだ。 これを自分から破壊する必要はない。 でもまぁ、何かきっかけでもあれば……でも事がそううまく運ばれるわけがないのだ。 大体、きっかけって何だよ。 どうやって起きるんだよ。 「イトーさん、考え事スか?」 しっ。 ちょっと黙っててくれよ。 整理させて、頭ん中、蜘蛛の巣だらけ……。 「いつになく難しい顔ですね」 「どうせいつも能天気だよ」 二日酔いが抜けた松尾は自分の部屋へ戻ろうとせず、俺と同様滋君の部屋で寛いでいた。 不思議とここは他人の部屋にあるはずの余所余所しさを感じさせない。 第二の故郷というのは言い過ぎかもしれないが、長年慣れ親しんだような安堵感に満ち溢れていた。 俺は、彼女の姿を思い出してみた。 肩上のボブでシフォンのワンピースにカラータイツ。 顔が全く記憶にない。 でもきっと可愛かったはず。 「松尾君、滋君の彼女、見た事ある?」 背中を丸めてレコードを眺めていた松尾は「ありますよ」と、答えた。 「可愛いスよ、お洒落で。俺もあんな彼女がほしいス」 「努力すればできるさ」 「俺、高校の時に付き合ってた彼女が忘れられなくて」 「その子を忘れたくて新しい彼女、ほしいんだ?」 「そうなんスよ。合コンの話とか、ないですかね」 「俺にあるわけないじゃない」 俺にとってこの上なくどうでもいい話を松尾と交わしているとチャイムが鳴った。 「すんません」 立ち上がった俺に松尾が詫びる。 俺は松尾の背中を膝で小突いてやって玄関へと向かった。 宗教か新聞の勧誘。 滋君のご両親だったら笑っちゃうな。 ドアを開けるとそこには予想していた来訪者とはまるで異なる人物が立っていた。 長身で褐色の肌。 かなり迫力ある目つき。 黒髪は逆立っていて、格好はTシャツにデニムにサンダル。 年は俺より大分下で高校生。 生意気で我侭で言う事聞かない奴で、つまりガキ。 どうしてそんなことまでわかるかって?  だってこいつとは何度もセックスしたからだよ!

ともだちにシェアしよう!