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徒然時々恋模様のち…-8

「……イクちゃん」 やばい。 こいつとうとう来やがったか。 「や……タケシ、久し振り」 タケシはしばし無言で俺を見つめていた。 俺は自分に穴が空くのではないかと気が気じゃなかった。 「何……引っ越したのかよ」 「え、ううん」 「じゃあ何で今まで上にいなくて、今、ここにいんの」 「えっと、それはね、あのね」 「俺、何度も部屋に行ったんだけど。毎回留守で隣に聞こうとしても応答ねぇから、下に来てみたんだけど」 「あのさぁ、タケシ」 「何」 ややキレ気味のタケシに俺は頭を掻きながら決定的事項を告げた。 「今、俺って恋してんだよね」 「は?」 「だから恋だって」 「何。恋って」 「会うのやめようか、俺達」 俺は、タケシは承諾してくれると思った。 俺はこいつにとってただの金蔓で、欲求不満解消係でしかなかったはず。 そんな相手、見栄えのいいこいつならすぐに見つかる。 それにバイだしね。 タケシは何も言おうとしなかった。 そして帰る素振りを見せたので、俺はドアを閉めようとノブを掴んだ。 唐突にタケシは振り返った。 「……ふざけんな!」 押し倒されて床に頭をぶつけた、あ、星、星が……。 「何だよ、それ! 何言ってんだよ! 俺を馬鹿にしてんのかよ、ああっ?」 そんないきなり凄まれても……。 「馬鹿にしてないよ」 「してんだろ! 一体俺を何だと思ってんだよ!」 あれ、だってお前はバイで、彼女がいて、告白とかはなしで。 「遊びだったよね、俺達……?」 「違ぇよ! 俺はすっげぇ好きだよ! 何でわかんねぇんだよ!」 タケシは俺の体を起こすと容赦ない力で前後に揺らしながら失笑してしまうくらいの展開に導いてしまった。 「……お前、それ、今までの行動とかなり矛盾してない?」 「イクちゃんに妬いてもらいたかったんだよ。なぁ、俺の事、全然好きじゃないのかよ。マジただの遊び?」 ぎゅっと抱き締められた。 俺は、こういうのに弱い。 いつもは強がっているくせに、いきなり本音を出して弱々しくなる。 俺の方は「あ~いい子だね~」って可愛がりたくなってしまう。 あ~う~、でもごめん、タケシ。 本当にごめん。 「ごめん、タケシ」 だが、押し返したくても現役高校生の力に非力な俺が敵うわけもなくて、逞しい両腕にぎゅうぎゅう締めつけられるままだった。 俺だってこういう抱擁は大好きで安心する。 ずっとこうされていたい。 だけど俺はこいつ以外の人間を想っている。 そんな状態でタケシと抱き合える程、俺は器用じゃなかった。 「あの~……?」 あ、そういえばいたんだった、松尾が。 扉の隙間から顔を覗かせた松尾は男二人が縺れる姿を戸惑いの眼で見下ろしていた。 「イトーさん。ここでそういう事するのは、ちょっとやばいんじゃないスか」 「いや、誤解だよ、それは。あのね、ちょっと色々あって」 タケシが俺の肩に埋めていた顔を上げた。 「イクちゃん、まさか、こいつ?」 「違うよ……ちょっと立って。俺の部屋行くぞ」 「イトーさん、程々にしてくださいよ……響くんで」 「それも違うって」 俺は渾身の力を込めてタケシの腕を引っ張り、滋君の部屋を出、自分の部屋へと彼を連れ込んだ。 松尾の前だとあれやこれや喋れない。 こいつが意地でも聞き出そうとするのは目に見えているから……。 足の踏み場もないくらい狭いバルコニーに干していた洗濯物をとりあえず取り込んだ。 畳みもしないでクロークにぶち込む。 汚れてはいないが皺くちゃの服が山積みで、乱暴に扉を閉めた。 そしてやっとタケシと改めて向かい合った。 痩せ型の筋肉質で身長は俺よりかなり高い。 いつもふてぶてしい顔をしていて、さも機嫌悪そうに舌打ちするのが癖。 主導権を握りたがる。 「なぁ、誰が好きなんだよ」 でも可愛いところだってある。 何だかんだ言ってガキのこいつは自分の思い通りにならないと歯痒くて、眉間に皺を寄せて上目遣いに俺を見たりする。 現に今、その眼差しだ。 それを目の当たりにして俺の決心はぐらりと揺らいだ。 「さっきの部屋に住んでる人。今いた奴は、その人の隣人で友達でもある」 「どんな奴」 「背、俺より低い。服屋の店員でお前より年上」 「名前は」 「滋君。太田滋」 ベッドに座っていたタケシが不意に空中に手を掲げた。 俺は、その手を握ってやった。 「俺の事はもうどうでもいいのかよ」 俺は首を左右に振った。 「じゃあ離れる必要ねぇじゃん」 「タケシの事は好きだよ。でも、それは友達として。俺は今、滋君に恋しちゃってんだ」 ぐい、と引き寄せられた。 次の瞬間にはタケシの下。 掴まれた手首は一瞬鋭く痛んだ。 それはタケシの痛みが俺に流れ込んできたも同然だったかもしれない。 数センチ先にある彼の瞳を覗いたまま俺は言った。 「いいよ、別にセックスしても」 「……」 「でも、お前の事は考えられない。別の人の事、想う」 その間は何秒も続かなかった。 タケシは俺から離れると俯いた。 俺はベッドに寝そべったまま起き上がるのをさぼっていた。 「そいつ……」 「え?」 「ノンケなんじゃねぇの」 「そうだけど」 しかも彼女あり。 「無理だろ、そんなの」 「いいよ、別に。無理でも。仲よくなれたから」 「……馬鹿じゃねぇの」 肩越しに振り返ったタケシは呆れたようにため息をついて言った。 「諦めろよ。意味ねぇよ、そんなモン」 「意味なんかいらないし。俺はそれでもいいしさ」 「馬鹿だな、すげぇ馬鹿、ホント馬鹿」 馬鹿と連発されても平然としている俺をタケシは罵り続けた。 俺は聞き続けるだけだった。 ガムでも噛んでいたらその味がなくなる頃だろうか。 タケシは突然言葉を切り、これ見よがしに強烈で素晴らしい舌打ちをした。 「ていうか、そいつ見るまで帰らねぇから」 ああ、やっぱりそう来たか。 「な、タケシ。その、滋君にはまだ何も伝えてないわけよ」 「わかってるって。見るだけだって」 嘘つけ。 絶対ちょっかい出すくせに。 「滋君に手を出したら本気で止めるから」 「出さないって。俺、そんなに凶暴かよ?」 少なくとも草食動物じみた穏和さには縁がない。 喧嘩っ早いこいつが今までこさえてきた生傷はいくつあった事か。 絆創膏を張ってやった記憶はそこら中に転がっている。 悪い子じゃないんだけどな……。 「見てどうするの」 俺が尋ねるとタケシはじろりと睨みつけてきた。 「俺にさぁ、見る権利ねぇの。部外者扱い? 除け者かよ?」 「はいはい、わかりました。どうぞ好きなように」 「どうせすぐ飽きるよ」 タケシは部屋の隅に視線を投げると右手でつくった拳を左手で覆った。 「……お前、付き合ってた女の子はどうしたの」 俺の問いかけにタケシは唇の片端を吊り上げてこちらを見「とっくに別れた」と吐き捨てた。

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