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徒然時々恋模様のち…-9

どうやって滋君にタケシを引き合わせようかと思案していたら滋君の方から願ってもいない訪問があった。 「これ、いつも世話になってるお礼」 差し出された紙袋の中身はストールだった。 黒の無地で大判、黒物好きの俺には堪らない一品に値した。 「これ、いいの? 高かったんじゃない?」 「いいよ。これからも世話になるだろうし」 気を遣わせまいという滋君の姿勢が愛しくて仕方ない。 ああ、ぎゅってしたい。 ぎゅう~って……。 甘ったるい幸福感に満たされた俺は背後に佇むタケシの存在をすっかり忘れていた。 「滋ってお前?」 俺ははっとした。 後ろにいるタケシに怒気の視線を送る。 効果なんぞないと重々わかってはいたけれども。 「あ、こいつはね、タケシっていってね」 「知ってる。育生さんと付き合ってるよね。何回か見た事ある」 「付き合ってねぇよ、俺達。遊びだったし。イクちゃんには好きな奴いるし」 俺は背中に冷や汗。 滋君はいつもと何ら変わりない顔つきでタケシを眺めていた。 「今はただのオトモダチ。ま、そういう事なんで。じゃ、また」 タケシは俺を押し退けるとサンダルを引っ掛け、ろくな挨拶もしないで出て行った。 階段を下りる足音が響く。 「……あれ」 「あ」 耳を澄ませていなくともその音は俺と滋君に容易に聞き取れた。 「俺の部屋、入ったね」 「ご、ごめん、滋君。あいつちょっと頭おかしくて」 「や、ちょっとびっくりしたけど。別にいいよ。荒らされるわけじゃないし」 ど、どうしよう、あいつの事だからやらないとも限らないぞ。 「それよりマツがどう出るかが気になるね」 滋君は怒った様子もなく気楽に構えていた。 器のでかい人間だ、君はきっと大物になるね。 ……なんて悠長に感心している場合じゃないか。 「俺達も行こう。ちょっと心配だよ」 「そんなにあいつ凶暴なの?」 「あ、うん、まぁね」 しどろもどろに返事をしながら俺は滋君を追い抜いて彼の部屋へと急いだ。 階段の手摺りに利き手を添えて駆け下り、細く隙間のできていたドアを開け、慌ただしげに靴を脱いで中へと踏み込んだ。 「シゲちゃん、何でも持ってんじゃん。あ、これほしかったやつだ」 しゃがんだタケシはエレクター上の品を見回していた。 タケシもタケシだが、やっぱり松尾も松尾で、ソファに腰掛けて雑誌を読んでいた。 普通、部外者に訪問されたら立ち上がるくらいはするだろう。 「松尾君……注意してやってよ」と、俺が言うと松尾は目を丸くして「え、この人入れちゃいけなかったんスか」と、大真面目に聞き返してきた。 この部屋の正当な住人である滋君がやってきた。 「あ、何か溶け込んでる」   いや、そうじゃなくてね、怒ろうよ、滋君。 俺は何だか自分一人だけが焦って気を揉んでいるようで、やっぱり己は三十路なのだと思い知らされる他なかった。 木曜日の夜、行きつけのバーをふらりと訪れた。 あくまでも控え目な照明の下、カウンターやテーブル上でキャンドルの炎が揺らめいていた。 日中、そこは服屋をやっていて、夜になると奥を少々改造してバーに早変わりする。 落ち着いた雰囲気で流れる音楽も耳に心地いい。 お気に入りの場所の一つだった。 滋君と二人で来たいもんだ。 「イクちゃん、ちょっと飲めば」 ガキのこいつとなんかじゃなくて。 俺は隣のタケシを睨み上げた。 「お前の、強いから嫌だ」 「酔ったら介抱するって。イクちゃんが酔ったの見た事ねぇもん」 下心見え見えなんだよ、盛り野郎。 俺はカウンターに肘を突いてココナッツの味ばかりする、ちびちびやっていた一杯目のカクテルをまた一口だけ飲んだ。 今日、滋君はレンタルショップのバイトだ。 部屋にはいない。 つまり、今晩久々に彼の部屋は無人となったわけである。 昨日、タケシは大人しく帰ってくれた。 しかし今日も余裕ぶっこいてやってきたこいつは酒でも飲もうと言い出した。 俺は重い腰を渋々上げざるをえなかった。 「サトー君、ハイネケン」 斜め前にいたバーテンが浅く頷いた。 ピッチが早過ぎる。 俺は肘で彼の脇腹を突き、小声で言った。 「タケシ、今日はもう飲むな。明日学校あんだから」 「昼から行くからいい。あ、学校終わったらまた来るから。連休中泊めて」 「……どうぞご勝手に」 「なぁ、そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ。友達だろ、なぁ、イクちゃん」 体を摺り寄せられて俺はスチールから転げ落ちそうになった。 カウンターには俺達以外にも客がいた。 男女のカップルで、後ろの数少ないテーブルにも何組か。 平日にしては客が多かった。 「連休中は泊めてやるから今日は帰れよ」 「何で」 「甘え過ぎ。そんなに俺も優しくないって」 「……ケチ」 一瞬にして不貞腐れたタケシは目の前に置かれた瓶の酒をがぶがぶ飲みやがった。 「喧嘩ですか」 バーテンのサトー君が尋ねてきた。 三十代という年齢だからか、どことなく親近感が湧いて話しやすい相手だった。 ただ単に顔が可愛いからかな。 「こいつホントにガキでさ。困っちゃうよ」 「うるせぇ。ガキって言うな、おっさん」 「お前は酒飲んで勝手にくたばってろ」 「本当、仲いいですね、お二人」 サトーくんはにこにこしながら締め括り、テーブル客に呼ばれて注文をとりにいった。 「ストイックな恋愛なんて気持ち悪ぃ」 タケシの口からそんな言葉が出てくるとは意外だった。 確かにタケシ自身には最も不似合いな言葉ではあった。 俺が何も答えないでいるとタケシは悪態をついて足を蹴ってきた。 「痛いって」 「イクちゃんの場合は押し倒せないから哀れだよな」 「馬鹿。あのねぇ、そんなの手段の内にも入らない。それは犯罪なの。そんなんで人の心は掴めないって」 「何それ、寒ぃ。鳥肌立つ」 こいつ、俺の事が好きなのか、それとも馬鹿にしたいだけなのか……? タケシの昨日の告白には正直驚いていた。 気を引くために彼女をこさえたとは。 携帯にかかってくる声は男より女の方が断然多く、俺の隣で長話したり。 クラブでも可愛い女の子に話しかけられて乗じたり、俺の誕生日の時には彼女とデートしたり。 ああ、本当にガキなんだからなぁ。 「何、ニヤけてんだよ」 タケシが顔を覗き込んできた。 「何考えてた」 「別に。もう帰るよ。閉店までいたら朝になる」 タケシは無言で立ち上がると単身店をさっさと出て行った。 俺はサトー君にお金を払って「また来るね」なんて挨拶をしてタケシの後を辿った。 外はひんやりしていた。 午前一時近く。 裏路地なので光が少なかった。 タケシは電柱にもたれかかって俺を待っていた。 「もう手も繋げねぇの」 俺が掌を広げるとタケシは何のためらいもなく自分の掌を重ねてきた。 でかい手で、ぐっと力を入れてくる。 「あーあ」と、ため息を零した。 「ずっと俺のモンにしときたかったのに。つまんねぇの」 閑散としたアーケードに出、真ん中を歩いた。 隅にたむろしている若者一同の視線なんて俺にとっちゃあ蚊の鳴く程度。 タケシは以前、中傷してきた相手と乱闘を起こしかけた。 それに俺がマジギレしたので今では知らん顔を装う事ができていた。 がらんどうの表通りにはタクシーが点々と停車してあり、一番近くに停まっていたタクシーにタケシを乗せた。 「タクシー代くれよ」 なんだかんだ言って俺って超優しいじゃん、畜生。 千円札を四枚タケシに渡し、タクシーから一歩離れる。 ドアが閉まる寸前に彼は不敵な笑みを浮かべた。 「邪魔してやる」 排気ガスを撒き散らしながら夜の車道を疾走していくタクシーを、俺は、慄然とした震えに苛まれながら見送った。 予告した通り、金曜日の夕刻、タケシは部屋へやってきた。

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