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徒然時々恋模様のち…-10

「お前、何でここなんだよ!」 予告した通り、金曜日の夕刻、タケシは部屋へやってきた。 滋君の部屋へ。 上で物音を聞いた俺がまさかと思って訪ねてみると制服姿のタケシが寛いでいやがったのである。 引っ張り出そうと四苦八苦する俺をタケシはいとも簡単に自分の体から剥がした。 やはり非力な俺が現役高校生に太刀打ちできるわけがないのだ。 「気に入ってさ、この部屋。シゲちゃんいい趣味してるよな」 「シゲちゃんって言うな!」 クソ~。 俺だって「シゲちゃん」って言った事ないのによぉ。 ずるいんだよぉ。 「大体、何で制服なの。着替えくらい用意してこいって」 長袖のシャツを肘辺りまで捲り、手首には誕生日に俺が買ってやった髑髏刺繍入りのリストバンドをしていた。 荷物は何もない。 「身軽でいたいんだよ、俺は。服なんていつも買ってくれんだろ。またヨロシク」 「……本当、お前って憎たらしいガキ」 「今頃気づいたのかよ? 鈍感。イクちゃん脳みそ退化してんじゃねぇ?」 ああ言えばこう言う。 俺は「はいはい」と言っておいてソファにやむなく座った。 「俺、寝るから」と、タケシが膝の上に足を乗せてきた。 俺にとってはつらい姿勢だが下手に抗って機嫌を損ねると襲い掛かってくる危険性があるので耐える他ない。 えーん、涙が出ちゃう。 大人の男なのにね。 滋君の部屋はお香のいい匂いがしていた。 勤め先の服屋と同じ匂いである。 滋君に染み着いているのだろう、よく似合う香りだった。 王道な香水はあまり合わない。 俺的には誰かとかぶっちゃうような滋君でいてほしくないのである。 タケシが勝手に選んだレコードが延々と回っていた。 本当に寝やがったタケシの足に重みが増していて俺は一人悲しく唸った。 高校生か。 青春ど真ん中じゃねーの。 未来だって光り輝いて見えなくもないだろうさ。 青少年、まだまだこれから。 そんな身分の奴を手頃な相手になんかしちゃって、俺って罰当たりだったんだよな。 俺は窓の向こうに夜が降りてくる過程を長い間眺めていた。 「……やべぇって……それ……」 タケシが寝言を言っている。 何がやばいんだか。 ああもう、滋君帰ってきちゃうよ。 俺達って何様でこんなに寛いでいるわけ。 自分の部屋戻れ、って感じだよな。 まぁ、いつもの事なんだけどさ。 俺が心中焦っているとタイミングよく滋君が帰宅した。 「この前の……」 「ごめん。こいつ、この部屋が気に入っちゃったみたいで」 「ふぅん」 滋君はクッションを挟んで窓に深々と寄りかかった。 優しいあの香りがふんわりと漂ってくる。 胸に思いきり吸い込んで留めておくのもいいかもしれない。 「ご飯食べいく?」 「その状態だと無理なんじゃ。ていうか、いいよ。気にしないで」 半透明の袋から新品のレコードを取り出している滋君の姿は俺の胸を執拗に刺激した。 小動物っぽい。 やっぱり背が低いからそう感じちゃうのかな。 「熟睡してるね。身長、いくつだろ。足、かなり食み出てんだけど」 「一八〇はあるよ。あ~いてて……蹴飛ばしてやろうかな、こいつ」 「……んん」 タケシが唸った。 あ、やっと起きたか。 でも寝たままでもいいんだけど。 「タケシ、足重いんだけど」 寝言を繰り返すタケシに声をかけてもまともな返答がない。 滋君はレコードに視線を戻していた。 「タケシ、せめて足退かして、足」 「イクちゃん、そこ、気持ちいい……」 あわわ、何言いやがるんだ、こいつは。 肝を冷やしつつも横目で窺うと滋君は親切にもレコードであからさまに顔を隠していた。 「ちょ……何もしてないって、滋君」 「俺の事気にしなくていいよ。何なら出ようか」 「何言ってんの!」 タケシの寝言の暴走は俺の焦りを余所に続いた。 「あ……噛んだら痛いって……イクちゃん」 うわ、もうふざけんなよ、めちゃくちゃ覚えあるよ、それ。 「悪かったな……早くて……」 まーな、確かにお前は早いよ……じゃなくてぇ! 「お前、起きてんだろ!」 重石となっていた足を跳ね除けタケシの体を揺らすと狸寝入りしていた奴はニヤリと笑い、目を開けた。 「んだよ、人が寝てるっつぅのに起こしやがって」 「起きてただろ!」 「起きてねぇよ」 気だるそうに上半身を背もたれに寄りかからせたタケシは滋君に目をやった。 「勝手に部屋入って何だけどシゲちゃんって相当センスいいよな」 年下からの馴れ馴れしい呼び方すら気にならないのか。 滋君は「どうも」と一言平然と返した。 「ターンテーブルは買わねぇの? あれ、俺興味あんだけど」 「あれは高いよ。その辺のレコードプレイヤー、全部中古で安く買ったやつだし」 「いろいろ持ってるよな。テクノとかモッズとか。どれ一番好きなの。夏の野外とか、どれ行く?」 タケシも音楽の話題には詳しい。 二人の話はどんどんマニアックな方向に伸びていき、俺はソファでうつらうつらとするしかなかった。 俺が滋君と話せないよう、わざとしている。 ま、気が済むまでやりたいようにやればいいさ。 ぼんやり意識を浮遊させていると不意に耳元に吐息が触れた。 「わ」 耳を噛まれる。 つい声が出てしまった。 唖然となってタケシを見るとニヤニヤしていやがった。 「俺、イクちゃんのそういう顔、結構好きかも」 こいつ本気で邪魔する気だ。 応援しようなんて気はさらさらないらしい。 皆無だ、皆無。 滋君がこちらを見ていた。 その表情は普段と差異なし。 じ、実はキレてる……? 「そろそろお腹減ったね」 おい、さっきの出来事には何の反応もなしかい。 俺は拍子抜けし、タケシはつまらなさそうな顔をした。 「……どっか食べに行こうか。松尾君、いるかな?」 「マツ、今日バイト。でも、もうすぐ来るんじゃないかな。金曜はよくここに来るから」 「何時までなの」 「十時。後三十分くらい」 「いいよ、待とう」 「俺、もう食いたい」 「お前一人で先に行ってる?」 「バーカ」 「二人、行ってていいよ。後からマツ連れて行くから」 前は松尾をお邪魔虫扱いしていたが、今では彼がいないと妙にしっくりこなかったりする。 いつものお決まりメンバーが定着してしまったようだ。 「じゃ、先行くか、イクちゃん」 「……じゃあ、ファミレスいるから。この前と同じトコ」 「うん。じゃあ、後で」 タケシの腕が首に回される。 ほぼ引き摺られるようにして玄関へと引っ張られる中、俺は滋君とのひと時の別れを惜しんだ。 「ふざけんなよ、タケシ」 外に出、俺はタケシの背中をグーで叩いた、びくともしなかった。 「邪魔するって言っただろ」 「お前ね、ちょっとは応援しようっていう気持ちになれないわけ」 「なれねぇ、全然なれねぇ。腹立つばっかだよ。シゲちゃん、天然じゃねぇの、あれ」 それは俺も思った。 ボケキャラなのかもしれない。 うん、似合っている、可愛い。 細身のパーカーに手を突っ込んで言葉少なめに歩いた。 今夜は肌寒い。 フードを被りたいくらいだった。 着いたファミレスは相変わらず繁盛していた。 席に座り、一息ついていたら、タケシは俺が手にしていたメニューをわざわざ奪い取って睨みつけてきた。 「何」 「睨みたくなったから睨んだ」 「……お前ね、そんな事やってたら友達なくすよ」 「ダチよりイクちゃんなくしたくねぇ」 じゃあ、そういう行動は控えたらいいのに……こいつの思考回路、大丈夫かな? 「なぁ、俺のどこがそんなにいいの。お前、バイっていうのは本当なんだろ? 俺みたいな社会不適合者じゃなくて同じクラスの子とかにしといたら」 「今はイクちゃんが一番なんだって。誰だってそんなすぐ諦めついて、別の奴好きになんかなれねぇだろ。俺がそんなにお荷物かよ」 「だって邪魔すんだもん。しなきゃ別にいたっていいさ」 「イクちゃんは顔いいし性格いいしテクすげぇし、やっぱ邪魔したい」 言いながらタケシはテーブル下で膝を蹴ってきた。 「いて」 「ちゃんと告ってりゃあよかった」 タケシは斜め下に視線を走らせて苦々しく吐き出した。

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