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徒然時々恋模様のち…-11

タケシはクラブのカウンターで氷水に近いカクテルを飲んでいた俺に声をかけてきた。 その一時間後にはベッドイン。 恋愛なんていう気持ちはなくて、軽いノリで、セックスは至ってまぁまぁで、これといった不満もなかった。 要するに手頃なオトモダチ。 だけどこの生意気なガキはいつだって本気で想っていたのか。 「ごめん」と、自然と口から洩れた。 「うるせぇ。謝られんのが一番むかつく」 「うん、でもさ、俺が気づくべきだったんだし」 「俺のやり方が下手糞だったんだよ、もう好きにしろよ。シゲちゃんとセックスなしの清く正しい交際でもしてろ。俺は裏稼業に染まる」 「なぁ、そういう言い方やめてくんない。お前が言うとシャレに聞こえない」 「シャレじゃねぇからな、そりゃあ」 「すみません、ご注文の方は」 「あ、すみません、もうちょっとしてから」 「畏まりました」 ウェイトレスが去っていく。 通常のトーンで交わされた会話は隣の男子高校生やタケシの後ろにいるカップルにも聞こえていただろう。 時と場所を全く考えていなかった。 「なぁ~……ホモかな~……」 「じゃねぇの~……ヤベ、うつるかも」 おいおい、インフルエンザ扱いかよ、俺達。 タケシの耳にも届いたらしい、彼は容赦ない眼光で隣のテーブルを一瞥した。 可哀想に、彼等は縮こまって二分の一サイズになってしまった。 「腹立ってマジで腹減った。今日は食うからな」 いつもガンガン食うくせに……。 ウェイトレスを呼んで注文を済ませ、手持ち無沙汰に無言の時を過ごした。 隣の男子高校生が気まずそうに退席していく。 彼等と入れ代わりに滋君と松尾がやってきた。 「あれ~何か険悪じゃないスか」 タケシの隣に座った松尾が俺とタケシを交互に見やった。 こういう奴、必ずいるんだよね。 場の雰囲気を読めないっていうの。 「さっきの子達に何かしたんスか? 超おっかね~って言ってましたよ、二人の事」 「タケシが犯そうとしたんだよ」 「犯罪じゃないスか。しかもここで?」 「ファミレスのトイレでヤるのも刺激的なんじゃねぇの」 「やらしいスね。経験あるんスか?」 実は、ある。 そんなの死んでも言いたくないが。 タケシがどう答えるか冷や汗ものだったが彼は笑っただけだった。 「育生さん、メニューくれる」 俺の隣に座っている滋君。 さっきまでピリピリしていた神経が優しい春風に撫でられたかのように落ち着きを取り戻す。 はぁ、君こそ真の癒し系。 「マツ君、何かソース臭ぇよ」 俺と滋君は「ちゃん」で松尾は「君」かよ。 基準は一体どうなっているんだか。 「御好み焼き屋でバイトしてるんスよ」 「同じバイトに好きな子がいるんだって、マツ」 「へ~」 「しかも同じ大学の学生らしいんだって」 「へ~じゃあ接点あるね。話しかけてみたらどう?」 「男いるんじゃねぇの」 「や、それはないスよ。いつも彼氏ができないって愚痴ってるから、その子」 「ねぇ、松尾君。タケシに敬語使わなくてもいいんだよ。年下だから」 「ああ、使い分けるのが面倒臭くて。でも、もう合コンになんか頼らないスよ。自分で掴みます! 掴んでみせます!」 急に熱い男と化した松尾に俺は愛想笑いを浮かべた。 さっきまでの不機嫌な態度はどこへやら、タケシはげらげら笑っている。 どうやら松尾のキャラがばっちり壷にはまったようだ。 零時を過ぎると家族連れは消え、店内には若者のグループが増えた。 カップルは少なめ。賑やかさが大分増していた。 「俺、ミックスピザ」 日付が変わったから、という妙な理由で追加注文する事になった。 せ、せめてさっきと違うものを注文してくれ、タケシ……。 ウェイトレスが追加注文を読み上げている最中、俺は滋君に追加しなくていいのか尋ねた。 滋君は頷いた。 「今日は払うよ」 「いいって。だって俺は最年長だし。年下に奢るのは当然でしょ。いや、もう必然だね。滋君達が奢られるのも必然なの」 「うーん、説得力あるスね」 「そうかぁ? 自分にとって都合がいいからそう聞こえるだけだろ。でもまー、イクちゃんはマジ金持ってるからな」 「はぁ。じゃあもっといいところに住めばいいのに」 「高層マンションで贅沢な眺望を一人占め、みたいな? 俺の場合、広いと空間持て余すし。景色だってその内飽きるだろうし。俺にはあの部屋で十分」 「はぁ。そういえば、お家、何の仕事してるんスか?」 お家は某製薬会社を代々営んでいる。 テレビでもCMがばんばん流れているらしい。 「内緒」 現在、社長の座に君臨するのは伊東家の次男坊だ。 表向きトップとなるその男の弟がかつて甥っ子に夜な夜なこっそり手を出していたなんて、何てまぁ卑猥なスキャンダル。 過去とは言え事実は事実だ。 隠居しているジジィ様は恐らくショック死するに違いない。 まぁ、今更公表しようなんて微塵も思わないけどね。 面倒臭いし、育ててもらった恩もあるし。 それに破廉恥行為に抵抗しなかったのも事実だし。 「あー花火してぇ」 今までの話題と脈絡のない台詞を吐くのがタケシの得意技だった。 「え、もう売ってるんスか?」 「知らねー」 「でも男ばっかの花火大会っていうのもアレですね……男だらけの水着大会並みに侘しいスね」 「そんな番組、昔あったらしいね。マツ、よく知ってるね」 「プールで騎馬戦やったりするんスよね。昔懐かしの映像特集で見ました」 「俺もそれ系の番組で見た」 「何だよ、男だらけの水着大会って」 「違いますよ、実際は女だらけでやってたんスよ」 テレビは昔から見ていないので松尾と滋君の会話は俺にも意味不明だった。 今時ラジオ一筋っていうのもノスタルジックでいいだろう。 その後、何時間も長居したファミレスを出て俺と三人はコンビニを転々と巡った。 結果、花火は見つからず、手ぶらのまま近所の公園に立ち寄って何故だか昔懐かし繋がりで靴投げをしようという事になり、意外にも白熱する展開となった。 「うぁ、また俺スか!」 松尾が連続最下位となり、片足で全員の靴を拾いにいくという物寂しい光景を何度も見せられる羽目になった。 あれ、結構きつい。 だから俺は死に物狂いでブランコを漕いでスニーカーを放り投げていた。 「マツ君、後十秒」 タケシのカウントダウンに滋君がちょっと笑った。 タケシは履き慣らしたぼろぼろの革靴で、滋君はサンダル。 よってこの二人はゲーム開始から負け知らずであった。 「ちょっとさ、靴変えない? 俺の、かなり重たいんだけど」 隣のブランコを陣取るタケシは俺の提案に舌を出しただけだった。 アーケード近くの小さな公園であった。 周囲はシャッターを閉じた店ばかりだ。 そろそろ四時に差し掛かる頃だろう。 もしもお巡りさんが来たら素直にみんなで謝ろう……。 ブランコの鎖の匂いが手に染み着いていた。 見ると、掌に赤茶けた錆がくっついていた。 「じゃ、次は俺な」 タケシが頭を屈めた状態で凄まじい立ち漕ぎを始める。 そのまま一回転しそうな勢いに俺は失笑した。 「うらぁっ」 ポーンと高く飛んだ。見事、公園を囲うフェンス前の茂みに引っ掛かった。 「あんな……飛ぶわけないスよ」 連敗中の松尾が泣き言を零した。 タケシは得意げに笑い、腰を下ろした滋君はゆらゆらとブランコを漕いでいた。 「またこんな風に遊んでくれよな」 松尾が精一杯漕いでいる間、タケシは俺にしか聞こえないくらいの声で言った。 顔を上げるとタケシは正面を見据えていた。 松尾のスニーカーは逆風でも吹いたのかと思える程、ブランコのそばに落ちた。 「滋君が好きなんだ」

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